このコーナーでは、プロテックスポーツがサポートを行った参加者のレポートを紹介します。

 
2003 BAJA1000参戦記
256x 大室北洋(レポート)、斉藤創 組

(出発)
いよいよ出発です。前日はあまりの興奮状態で会社を半休し成田エアポート別荘(斉藤の家)に移動。斉藤の家はゴールデンウィークの定儀のEDで仙台に行くより、LAのほうが時間的に近い、いい場所にあります。
相方の斉藤とは大学生1年のころからの付き合いで、当初ツーリングライダーで30歳代にはZ2に乗る予定の私をオフロードバイクに引きずり込んだ悪友なのです。彼とは、2000年のバハ500に出場し、これで最後と思いつつ、2001年にアホな私はソロでバハ500に参加、、、、。そしてついに、学生の時は夢であったバハ1000に今回出場となりました。まさかここまで来るとは思ってもみませんでした。
大学生の時、KDX250RをPTSで購入した小僧がここまでくるとは、、、。
2003年11月15日、僕らはまたまた大韓航空KE001便に搭乗していました。
KE001便は不景気のせいかデルタ航空との共同運航になっておりサービスも向上してました。毎度のビビンバを戴きながらアニョアセヨーの綺麗なシュチュワーデスさんに見守られ、約9時間でロサンゼルスに到着。飛行中の大半はかなりの揺れで、気分は最高です?一睡もしませんでした。いやできませんでした。結構、ゲロってる人いました。福岡さんはゲロってつらそうでした。
(機内で上映されたトゥームレイダー2はつまらなかったです、見ないほうがいいです。ビビンバは相変わらずおいしかったっす。)そして無事、入国審査を済まし、石井さんと合流です。

(メキシコへ)
石井さん家で、少し休憩し、赤バン&白バンはリバーサイドを出発、チャパレルで買い物し、MAG7の本部に立ち寄り、256x・202xのピット食料(ユンケル&パワーバー)を預けました。
チャパレルでは毎回メチャ買いをしてしまいますが、今回はガマンしました。9xの福岡チームの江連さんは結構買ってました。。。本当にチャパレルは安いです。正直、日本で、バイクパーツ、ウェアー買う気がなくなります。FOXやトロイのパンツ・ジャージは日本の半額です。なんで日本って高いんだろう?、、、なんて疑問を感じながら、車はサンデイエゴまで到着。サンデエゴ周辺は先日の山火事の影響でハイウェイ周辺は真っ黒になってました。サポートカーにメキシコ保険をかけて、いよいよボーダーへ、メキシコへ入国です。検問所では実銃をお持ちなられた兵隊さんがいっぱいいます。ここはなにもなく、両バンとも無事入国。そして、バハ1000の中心地になるエンセナダに到着です。さっそく、タコス屋に出撃、2年前より非常にきれいな屋台になっており、ここ数年でのメキシコの経済向上を肌で感じました。
夜は、ハンドル交換、ステダンを装着し、明日からのプレランに備えて、テカテを飲み早々に就寝。9xチームは夜のエンセナダの街に消えて行きました。ホテルに戻ってきたのは、朝の4時?だったみたいです。凄いです!(福岡氏、島添氏レポート参照)

(プリラン1日目 レースマイル138Mまで マイクススカイランチへ)
マシンはXR400。斉藤も私も所有していたし、癖もよく判っていたので選択しました。
今日はエンセナダ街中からマイクスランチまでの約130マイルを走ります。約130マイルと簡単に言っても、 約200キロで日本じゃ一日にこんなに走ることはまずないです。ミッションバハより、エンセナダの街を通り、国道3号を経て、レースマイル15Mにてスタート直後の国道への出口を確認し、レースマイル19Mより、いよいよ本格的にプレラン開始です。よーし!!!と意気込んでると、いきなりコースの入り口に怪しいメキシコ人が立ってます。どーやら、通行料を請求しているようです。島添さん、福岡さんは「オッケー、オッケー」で通過してしまいました。僕らは素直に1ドルを支払い(簡単に徴収された。一度もかつあげされたことないのに、、、)コースイン。
ここの区間はフラットな区間が続き、標高を落としながら、オーフォスネグロスにでるコースです。久々のバハでスピード感がつかめず、腕が疲れました。しかし、オーフォス周辺の牧場の全開ストレートではXR400Rは5速まで入り、気持ちがいいです。
レースマイル35Mからレースマイル76Mまでは短く感じるコースですが、山岳地帯、草原、いろいろありで楽しめます。それにしても、福岡さん、島添さん、江連さんはプリランなのに速い、速い!その後、国道3号の76M付近でサポートバンと合流し、昼飯をいただきました。その後、レースマイル76Mから110Mまではバハ500でも走行してるので、懐かしい気持ちで走れました。国道3号が見えはじめると、通称、レストランに到着。ここでタコスを食べ、今夜の宿泊地、マイクススカイランチにガソリンを背負って向かいます。
マイクスまではパワーステーション横のストーレートを抜け、気持ちの良いワインディングをこなしながら、約1時間でマイクスに到着。ガソリン、一泊分の荷物を背負いながらの走行は厳しかったです。(私は心配性なので、着替えや食料など皆の3倍は背負っていました。アホです。)
トリニダットからマイクスまでは気持ちよく走れるし、マイクスは静かで、綺麗で最高です。今度はツーリングできたい場所です。
この日はマイクス名物のなぜかサンディエゴ産のステーキをいただき、あっという間に眠りにつきました。それにしても寒い!マイクスの夜。ZZZZZZ!!!!!

(プリラン2日目レースマイル138M〜319Mまで、、。カタビナへ)
マイクスの朝は早くない、、、。ゆっくりと朝食を取り、サポートのクマさんらと合流のレースマイル204Mに向かいます。それにしても、朝のXRはエンジンのかかりが良くありません、、と言うか、私の掛け方がへたくそなのです。石井さんの脚にかかると簡単に始動。マイクスから、レースマイル204Mまでは非常に気持ちよく走れる。一部、ガレ場もあったが、後半は少しサボテンも見え白砂の気持ちよい直線が続き、気持ちは真っ白です。全開のまた全開を繰り返し、クマさん、福岡さんのいる204Mに到着。
軽く昼食を取り、レースマイル204Mから305Mに向かいます。この区間は山岳あり、干あがった河川敷あり、サンドありと非常に変化に富んだ区間でした。福岡さん、島添さん、江連さんはこの区間も激走でついていけません。僕らは256xはマイペースで時間を測定し、景色の良いところでは記念撮影をしながらプリランです。この区間の中盤にぐらいで一休みすると3台バイクがいました。よーく見ると、メキシコの山奥にスーパーXRがいます。ライダーは日本人です、、、。このチームこそあの有名な小排気量チャレンジマニアの三橋氏・三上氏でした。しばし休憩をし、レースマイル305Mに向かいます。この区間は最高です。サボテン区間をフルスロットル!XR400Rではエンジンがふけきってしまいます。ゆるやかなフープスでは勝手にジャンプです。しかし、あとから石井さんに聞いたら、あのようなセクションでXRはギアの破損が多いと聞かされ、反省です。9xチームに遅れること15分ぐらいでしょうか、ようやく、レースマイル305M付近に到着。気温も下がり始め、太陽も傾き、別の意味でいい雰囲気です。ここから今夜の宿泊地、ホテル・ラピンタまではバハライトを装着しライトのテストを兼ね公道をナイトランです。途中走行中にライトを消してみましたが、真っ暗です。心から真っ暗でした。本当に周囲になんにもないことを実感しました。公道を1時間ほど走り、ホテルに到着。プレランしているライダー、ドライバーが多数いて、満室です。ホテル周囲には怪しい、メキシコ人がたむろっていたのでマシンはホテルの寝室に入れます。なんとも不思議な光景ですがマシンの横で寝られるなんてアパート暮らしの私にとっては夢のようです。となりのビップルームのおっさんのイビキが激しく気になったが、テカテを1本注入すると意識が遠のいて、、、、寝ました。

(プリラン3日目、レースマイル319Mから410Mまで。シルト地獄編)
この日はレースマイル319Mから410M付近までをレース実走予定ライダーがプリランをします。そして、一気にカタビナからエンセナダまで約400キロを大移動予定。そのため朝食を早めに取る予定でしたが、アメリカンは早く、朝5時からプリランに出る人もいて、レストランは大混雑し注文してから食事が出てくるまで1時間もかかってしまいました。朝食を早々に済ませ、ジャッキー福岡、マグナム島添、斉藤がレースマイル319M付近からプリラン。予定では2時間半ぐらいなので、レースマイル410M付近の合流地点で石井さんと江連さんでお菓子を食べながら待機です。
この区間は予定コースと大幅に変更があり、、、、。ここからは実走した斉藤のコメントです。
約110マイルのコ−ス。スタートから40マイルはハイスピ−ド。そこから初めて経験する小麦粉のようなサンドに出会う。深々と膝上までもぐるような深さ。これにはたまげた。あとでシルトだと知る。そのあとは海岸線ぞいを走るが、ここでパンク。のこり50マイルをこのままちんたらと走る。スピードがのらなくてすごくつらい。サボテン郡の中は絶景なんだけどね。っていう具合に斉藤は無難?プレランを終えました。レースでは私が走ることになるこの区間やはりプリランしとけば良かったとレース後思いました。
レースマイル410Mより、バイクを積み込み、野郎7人満員御礼のシロバンでエンセナダに向かう。2年ぶりのサントトーマスを通り、約600キロ?の道のりを7時間で走破。めちゃくちゃ疲れました。運転していただいた、石井BOSSには感謝です。その夜は何を食べたのか憶えてません、、、、。確かシーフードだったかな?

(4日目 スタートからレースマイル15M付近までプリラン)
この日は9xアンソニー島添さんとスタートからレースマイル15M付近まで走る。スタートから河川敷を通り、小さな村を通過し、国道3号のレースマイル15Mまで移動。とりあえず、ミスコースしそうな細かい路地が多く、慎重に走りました。アンソニー様は激走で追いつけませんでした。
この日のプレランは少しでしたが、レース本番ではスタート直後の重要なコースでしたので非常に走って良かったです。その後、ラスデュナスに戻り整備をして、あー間違い、斉藤に整備してもらい。この日はゆっくりと過ごしました。

(5日目 受付車検)
受付では、綺麗なお姉さんの列にやはり選手は集まってました。この状況はどの国でも同じです。その後、車検を受けます。なぜか怪しいおじさんがバイクをチェックします。あーいいよーと日本語で応対。
バハのレースなのに日本人なんか変な感じです。誰だったんだあのおじさんは、、、。
車検後はお土産を買いに街へ出撃。Tシャツ50枚ほど購入しやや後悔、、、。重いのです。でも、出場ライダーの名前の入っているシャツなんか見つけると、「ファイブプリース」なんて平気で買ってしまいます。ちゃんと、私の名前も256xでプリント(小さくですけど)されてるのが嬉しいです。
夜はビックなパエリアを食べ、明日の長く、暑い1日半に向け、早めに就寝です。ZZZZZZZ-----23時頃記憶がなくなる。

(6日目 レーススタート)
2000年の500マイルの時は緊張のあまり2時に起床しブーツを履いて6時30分のスタートに向けてスタンバイしていたら石井さんに怒られてしまったので、今回はギリギリまで寝てました。というか、さすがに3回目になると慣れて寝てしまいました。
5時30分にはトイレOK・飯OK・で出撃準備完了です。

(第1区間:大室担当:スタート〜レースマイル35M・オーフォスネグロスまで)
スタート地点のコンベーションセンター前にはライダーがぞくぞくと集合してきている。今回は日本人チームも8チームエントリーしており賑やかです。バイクは圧倒的にXR650Rが多く、一部ヤマハ、KTMが迎え撃つとうカタチです。スタートはプロクラスから始まり、30秒ごとに進んで行きます。ジョニーキャンベルがスタートしてから15分くらい?もっと長かったか?、ついに256x、スタートです。サルフィッシュにガンバレ的な英語を言われたが、頭はまっ白で、サンキュサンキューでよく判らなかったです。
ストリートを駆けぬけ、いつも通り、河川敷をしばらく走る。500の時はトラップだらけでしたが、今回は順調に快走?しかし、10分ほどすると後方からXR650がやってきて凄い勢いで抜いてしまいました。アメリカンは本当に直線番長です。しばらくすると朝日の眩しさが気になりはじめ、まったく前が見えなくきなってきます、、。
そして、とどめは霧が発生し、明るい雲の中を走ってるようです。プレランで走った場所なのに、まったく違った場所を走ってるようです。やがて、ダートから国道区間に入り、後発のXR650に余裕で抜かれていく。悔しさもありましたが、ここでXR400で無理して付いていくと長丁場なので、ここはガマン、ガマンです。が再び、ダートに入ると私は容赦しませんでした。特にややガレ気味の下りではXR400の軽さもあり、2台をパスしました。ガレ場はモトスハイランドで鍛えられていたのでガレ場は比較的余裕を持って走破できました。やがて、しばらくするとオーフォスネグロスの原野が見てきました。ざっとここまでスタートして55分くらいでしょうか。オーフォスの畑の中をフルスロットルで走り、相方斉藤と交代です。とりあえず、第一区間で、斉藤にバトンを渡せたので、ホッとです。

(第2区間:斉藤担当:レースマイル35Mからマイクス経由204Mまで)
ここで待っていて、一番最初にくるものはホンダのヘリコプタ−だ。そしてすぐに1Xがくる。やっぱ
かっこいいね。石井さんと待っていると、なかなか9xがこない。ようやく来たと思ったら様子が変だ。
転倒したらしく、メ−タ−とハンドガ−ドが壊れている。左膝をいためているようだ。再スタ−トを見送
って自分たちの256xを待つ。大室がやってきた。ライダ−交代をして走り始める。ここの区間はプレ
ランもしたし、BAJA500のときも走ったヶ所もあるので不安はない。トリニダットまでは快調に走
る。だけどここからがタイムがかせげなかった。トリニダットからマイクスまではフラットなコ−スが多い。ここでトップスピ−ドに勝るXR650にぬかれはじめる。それと、四駆のサポ−トカーが邪魔だ。
舞い上がった砂煙が山の尾根のせいで風でながれてくれず、なかなか視界がよくならない。外人さんはそ
れでもつっこんでいくんだよね。自分はスピ−ドをのせられなかった。
ミスコースのマ−カ−がほとんどなくなっていた。少しミスコ−スしていたらしく、前からミスコ−ス
したクアドがもどってきてミスしていることをおしえてくれた。コ−スにもどり走っていると白い馬に乗
ったメキシカンがカウボ−イのようにロープをぐるぐる回しながら追いかけてくる。応援してくれている
のか追い払おうとしているのか判らなくて怖いのでとりあえず逃げた。予定よりも30分くらい?遅れて
レ−スマイル204Mに到着する。大室と交代し送り出す。サポートカーは林さんを待ってから次のポイントに向かう。

(第3区間:大室担当:レースマイル204M〜410M付近まで)
レースマイル35Mから通称ジャッキーチェーンポイント204Mまで移動し斉藤を待つ。ここの区間は担当するのは非常に迷いました。というか嫌でした。ガレ場に枯れ沢が前半に集中し、プレランの際もやや疲れた区間でした。移動してから、2時間くらいで斉藤がやってきました。かなり、スカイランチでXR650Rに抜かれたようです。しかしバハでは小排気量にあたるXR400Rでは大善戦です。斉藤と交代し、第3区間がスタート。前半はプリランの際のイメージでガレ場でやや苦戦気味でクリアーしていきます。途中、頭上をヘリが旋回しはじめ、4輪のアタックの開始か?と恐怖しましたが、正体はKTMのヘリでした。しばらくすると、ファクトリーのKTMに追いつかれ、5分ほど喰い付くがじわじわ離され、サヨナラでした。その後思ったより、つらい区間は短く、すぐにカタビナ手前のサボテン地帯までくる。すぐといってもここまで2時間半くらい150キロぐらい走っただろうか?Rタイヤ消耗が激しいのか、路面への喰いつきが悪くなってきました。それでもカタビナ周辺のサボテン地帯は非常に気持ちよく走ることができました。やがて、国道1号に出ます。ここから、レースマイル319Mまでは公道を全開で走る。よーやくこの区間の半分をクリアーできた。体力的にもまだ十分あり集中力もきれてない、、多分、、。しかし、この後のシルト区間で打ちのめされるとはこの時は思いもしません。公道区間を30分ほど走り、石井さん・斉藤の待つ、レースマイル319Mに到着。当初の予定より20分ほど早く着いたと思われるが、ここまできたらタイムではなく確実な走りが重要になってくるし、タイムはどーでもよくなってきました。石井さんが手際よく、バハライト装着・整備を行ってくれて、いよいよ、海岸方面シルト区間に向かう。斉藤のプリラン情報では最初全快〜シルト〜全快終わりとのことで、楽勝かな?と甘い考えでスタートしました。
ひたすら、フラットな直線を1時間ほど走ると、だんだん、周囲が砂ぽくなってきて、路面状況が怪しくなってきました。夕日も落ち、一気に気温も低下し、寒くなり孤独な闇夜がやってきました。そしてしばらくすると、いきなり、ハンドルが取られ、気持ち的には1メーターほど急降下、、、バッフ!とバイクが白煙に巻かれ沈みました。あーこれがシルトか思いながら、体制を立て直すが、思うように、体が言うことを利かなくなってきてます。軽いが深く、フカフカの小麦粉のような砂地獄で30分ほど戸惑う。しかも、先行している4輪やバイクの轍で無数のラインができていてミスコースをしてしまいました。同じ砂丘を2回走ってしまったような気がします。このシルトで体力は低下し、空腹感でいっぱいになりました。この区間MAG7で2回の補給を受け、怪しいチキンや豆をごちそうになり、後半は体力が多分回復してきてる。シルトの後はひたすら、山岳・荒野を走破するが、なかなか国道1号には到着しません。途中不安になりのMAG7で『ハウロング、、、、ルートスリー?』の質問に、2度とも50マイルとの返答をいただきました。どこまで行っても後50マイルなのです。そして、チェックポイントでようやく、あと30マイルだよ!と言われ、先が見えてきました。あと30マイル、、、。寒いが気合が入ってきた。斉藤の言っていた、戻りの直線に入り、アクセウも開く。闇の闇を切り裂き、エンジン音だけが耳に入る。空にはつかめそうなほどの星が、、、。最高の孤独です。いま、確実に私はバハの大地を走ってる。最高だーーーー。しばらくすると、闇夜にライトが見える、KTMがホイルを大破させた助けを求めてきました。10分ほど付き合うが、こりゃだめだ!状態なので、サポートカーに伝言をということで、再び、走ります。またまた闇夜に明かりが、今度はXR650Rがエンジンブローなのか、ガス欠なのか判らないが、止まって何か言ってる。エンジン音で支配されてきた耳には英語はよく聞き取れず、アイムソーリー理解できません、、、、。ごめんなさい。再び走り始める。手はかじかんで感覚がなくなってきてる。そして、よーやく、レースマイル410M付近にサポート地点の明かりが見えはじめてきた。よーやく、私の担当最長区間が終了。無事斉藤に交代し送り出す。
ここでは202x林さんのライバルチームのハスクバーナーのメキシコ人チームもここで待機していた。彼は陽気で、クランクが割れて、オイルがだらだらと噴出してるバイクを笑顔で送り出していた。
ラーメンをすすりながら、斉藤との交代地点の国道3号のレースマイル682M付近に向かう準備をしていると、斉藤が戻ってきた、、やっちまったか!と思いましたが、ツールバックを渡し忘れていた。再び、斉藤を送り出し、レースマイル682M付近に大移動を開始。

(レースマイル319M・大室サポート待ちの斉藤コメント)
このポイントは大室の最長走行区間のちょうど真ん中くらいのところだ。ここでダブルライトを取り付け
る予定だ。待っているあいだに四輪のトップが爆音とともにやってくる。めちゃ怖い!大室がやってきた。
けっこう元気。ライトを付けて送り出す。ここから後半には恐怖のふかふかサンドがあるところ!最初の
予定では、ここは自分が走る予定だったので大室は走ってない。しかも途中で日が落ちる。怖え-だろうなー。無事を祈って交代場所にむかう。日が沈んだ交代場所には9xの福岡さんたちもいた。日が沈んだせいで島添さんもタイムが上がらないらしい。四輪がライトの塊のような感じではしってくる。というより地面を這うUFOみたいだ。映画の未知との遭遇みたい。今頃、大室はサボテン宇宙人においかけられているんだろうな。島添さんが砂だらけというより粉だらけでかえってきた。こけたらしい。福岡さんと交代して9xは暗闇のなかにきえていく。大室も粉だらけになって帰ってきた!でもこけてはいないらしい。そのくらいすごいんだ!ここのサンドは!舞い上がると煙みたいなんだよね。


第4区間(斉藤担当:レースマイル438マイルからサンフェリ−ぺを経由残り、682Mまでのミッドナイトラン)
ここからは今回最長の区間だ。しかもミッドナイト。最初は30マイルの国道。南下するほど霧が出てきた。そして寒い。その後、左折してダ−トへはいる。フラットダ−トがつづく。風が強くバイクが振られる。コントロ−ルしずらい。カリフォルニア湾側にでると、少しガレたワインディングがつづく。一人旅でしかも月も出てない真っ暗な夜だと自分のぺ−スがつかめない。電飾の派手なチェックポイントがあらわれた。チェックをうけてまたひたすら走る。途中穴だらけのアスファルトの道を走りまたダ−トへはいる。遠くに町の光が見える。サンフェリ−ペの町の光だ。でもコ−スは町に近づくようで近づかない。逆にどんどん離れていく。寂しいね。この辺は夜中なのに観客が多かった。町が近いからだろうね。このあと噂に聞くパワ−ラインのフ−プスに入る。この途中にサポ−トの熊さんがいるはず。けっこう固めのフ−プスなので調子よくとんでいける。でもけっこう長い。ホンダのピットが見えた。そのすぐ近くに熊さんがいた。とりあえずエアフィルタ−を交換してもう。ここで自分は噂のフ−プスはもう半分終わったと思っていた。余裕じゃんと思いながらへらへら笑いながら熊さんにこの後のコ−スのことを聞くと、まだまだフ−プスは続くよ永遠になんて言っている。冗談でしょう?とあまり信じないで走り出す。しかし甘かった!熊さんは嘘を言ってなかった。本当に永遠に続く!どこまでも続く!
気が遠くなるほど続く!バッタやカエルだって一日にこんなに飛んだり跳ねたりしない。何回かこけた。四輪に抜かれると視界が無くなり、フ−プスに引っかかりこけてしまう。ハンドルバ−には第三ライダ−にさそって断念した中沢さんの名前がはいっている。こけたときにそれを見て思った。やっぱり中沢さん来てもらえばよかったな。こんな人間離れしたセクションは中沢さんに限るな!?。だってホンダピットの一区間(ホンダピットは50マイル間隔で配置されてます)ず-っとフープスなんだ!度肝ぬかれました!へろへろになりました。ようやくフ−プスが終わり国道3号線にでる。とてつもなく寒い。トリニダッド村の光がみえた。あとすこしだ。空が明るくなってきた。夜明けだ。予想タイムよりずいぶん遅れている。ようやく最後のライダ−交代のポイントにつく。9時間走っていたことになる。最後は大室が76マイル走って終わる。リミットタイムまではまだ十分時間があるから問題がなければ大丈夫。大室なら大丈夫でしょう。

(レースマイル410M付近からエンセナダ経由、682M付近まで移動)
斉藤がサンフェリーペで飛んだりは跳ねたりしてる間レースマイル682M付近に移動を開始です。石井さんの豪快な運転にもかかわらず、睡魔が襲ってくる。あーごんなさい、寝ます、、、ZZZZZ−!浅い眠りながら、随分寝ました。途中、崖下に数回に落ちそうになったみたいですが、記憶はありません。しばらくすると、ガン!と私サイド側に大きな衝撃が!!!追い越す際に思いっきり、追い越し車両にぶつかりました。逃走開始です。
検問所で、車が詰まり、先ほどのぶつけてしまった車に追いつかれました。ドライバーから『ファック!ービケアフォー!』というような言葉をありがたくいただきこの件は撃たれず無事終了。その後、また記憶はなくなり、いつのまにか、エンセナダを経由し、国道3号のレースマイル682M付近に到着しました。深夜2時くらいだったような、、、。その後、斉藤が帰還するまで、車で仮眠(なんだかんだで結構、寝ました。)。30分おきくらいに闇夜のかなたからレースカー中心にやってくる。ここ終盤になるとめっきり、バイクは少なくなってきます。朝4時近く、斉藤がようやく帰還してきた。相当疲れたらしく、脚が笑ってる。なんだか、疲労からかサンフェリーペーの○○××、、、、と意味不明なことを口走ってました。斉藤はめったに疲労を口にしないが、よっぽど疲れていたのだろう。なにせ、寒い、夜を9時間も走ってきたのですから、、、。

(大室担当:レースマイル682M〜ゴール) 
早朝5時に再スタート。とにかく寒いのです。朝5時に走るなんてそーめったにありません。これも貴重体験。30分ほど走ると空が白み始め、長い夜に終わりを告げる。往路で走ったはずの路面がまったく別の路面に感じる。とにかく、サンドはみんなフープスみたいになっていて、骨にしみます。オーフォスまで戻ってくると完全に夜は明け、ゴールはぐっと近づいてきます。とにかく、あとはミスしないように慎重に走ります。そして、山岳を抜け。いつものストレートを駆けぬけ、河川敷を通過し、スタジアムにてゴール。朝8時過ぎですが、多くの観客がいて拍手で迎えられました。トータルタイム:25時間12分。総合271台中91位完走。スポーツマンクラス25台中11位。ドリームカムトゥルーです。


(そして、、。)
4月某日、いつものように私は都内で営業(釣具の営業マン)をしている。斉藤は成田で金属と戦ってる。(金属関係の仕事)バハが終わってから、仕事が忙しく、あまりバイクには乗れてませんが、いまでもバハの景色は目に焼きついてます。今回のレースで18歳から乗り始めた、オフロードバイク生活の中でバハ1000のレースは夢でした。この夢に付きあってくれた斉藤には感謝します。サポートしていただいた石井さんはじめ花輪夫妻・クマさんPTSスタッフの方々本当にありがとうございました。日本で応援してくれた金沢さん、ZZZZの皆様、MSの中沢さんありがとうございました。そしてまた、よろしくお願します。今年はラパスですか?行きたいなー。

(成田 斉藤コメント)
プレランとレ−スとでスタートからオ−ホスまで以外のコ−スを走ったことになるが、BAJA500とはくらべてもハードで充実してた。ただもう少しタイムをちじめたかった。ナイトランの練習とスピ−ドメ−タ−を付けて自分のスピ−ドを確認できればまだまだちじめられそうだよね。でもまあ完走できてよかった。なんせリタイアじゃ後味わるいもんね。食ったし、飲んだし、走ったし、満足できたね。

大室北洋

 
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