2003 BAJA1000参戦記
9x 島添正規(文)・ 福岡ひで之 ・江連忠男 組
いってきました、メキシコはBAJAカルフォルニア。オフロードバイクに乗り始めたころ、雑誌で見てミーハーにも、俺もあんなとこ走りたいなと指をくわえてたビンボー学生ライダー時代。そして、給料もらうようになってレースにでまくってすっかりBAJAを忘れていたガムシャラサラリーマンライダー時代。そして、国内レースの年間チャンピオンの副賞がきっかけで出始めたアジアEDを転機に国内サーキットエンデューロとはお別れ。さらに、調子に乗って2001年にはISDEへでて世界の壁にぶつかりダメライダーへ転落。そんなこんなで、なんかオフロードレースにたいするモチベーションが落ちていた2003年は、お約束の5年目の出場となるアジアED(毎年成績が下がり今年は5位)に始まり、国内レースはツールドニッポン南西ステージのみ出場(すごくつまらないレースでむなしく優勝)。あと、バイクにのったのはロス出張中だけ(といっても2ヶ月間びっちりとデザートからMXコース、SXコースまで・・・)という中、なんとしても2003年の締めくくりにBAJA1000へ行こうと決心しますが、ISDEの時に主立って準備(半年くらい平均睡眠時間が3,4時間)で苦労した記憶があいまって、重荷はBAJAを最も愛する日本最速のダクト屋さんの異名をとる福岡商店の若旦那にお任せ。そして、現地でのサポートも8年くらい前に一度お世話になったプロテックスポーツのBAJAの鉄人石井さんとコーラを飲みすぎてアメリカ人になったデビル花輪さんにロス出張中にお願いした。あとは、手ぶらで現地へ行けばいいやという、おき楽参戦を策略。そんなこんなで、夏がすぎ秋になり仕事に追われ、子育てと家族サービスを自分なりに奮闘していたらバイクにもろくにのらないまま、BAJAへ出発の時がきた。職場で後ろ指差されながらも、行ってきますとすべてを投げ捨てて(というかすでにBAJAのことしか頭にない)いざ空港へ。そこでは、朝一の便で大阪から飛んできたはずの福岡さんが待ってるはずだけど、やはり関西空港しか知らないのか、第2ターミナルでうろついている。携帯で連絡を取り合いロスへ向かう大韓航空は第1ターミナルと成田空港のシステムを伝え、待つこと1時間。やっとのことで、たこやきをほおばりながら、お好み焼を食べたいとわけわからないことをいいながら海外旅行とは思えない引越し荷物を引きずりながら歩いてくる福岡さん。今回のリーダーだが、ちょっと心配と思うも、いやいや気にしちゃ自分が楽しめないと、「日本最速の中古車屋さんの江連さんはまだ」と切り出すと、「ようわからんねん。船橋にいいとこあるっていうとったわ。」という始末。そんなこんなで、レースムードも盛り上がり、今回のBAJA1000のルートマップやらライダー交代の計画などをちゃんとリーダー福岡さんから聞かされるが、どのプランをみても僕の走行するエリアはスタート地点付近ばかり。「なんで?」と聞くと、「去年BAJA500でこのへん走っとんねん」と自己中心のプラン。でも、リーダーとしての特権だし、そのへんはお任せして、僕は中身を楽しませてもらおう。っと思っているとリーダーのポケットになにやら怪しいものが。「もしかしてお菓子もってる」と聞くと「ありますよ」と柿の種。僕はお菓子をむさぼりながら江連さんの到着を待っていると、こんどはレースに行くには少なすぎる荷物(セカンドバックとコンビニの袋だけ)をもった日本最速のインドネシアンサーファー江連さんが登場。なんでも現地調達する旅の達人らしい風貌で、あとで気づいたが、洋服や靴それにオークリーのサングラスからポンチョにおねーさんまで現地でそろえていた。
余りにも長い前置きとなったが、まだまだレースは始まらない。エコノミークラスの超狭い席に3人ならんでビール飲んだりして退屈な機内生活をすごしていたが、根っからの自由人であるリーダー福岡さんがグロッキー。鼻水はたらすし、オシッコも漏らしていた。かなりやばい状態とおもい江連さんがスチュワーデスを呼ぶが、来たのが韓国人(大韓航空なのであたりまえか)で、「とうしたのてすか?たいちょうぷ?」とできすぎた日本語にしばし爆笑。ところが、その子が結構かわいいことに気づくとダンディー江連さんはこんどはくどき始める。ぼくはビールとつまみをお代わりしてくつろぐ。そんなしているうちにロスへ到着。そういえばリーダー福岡さんはしばらく座席にいなかったけど、あとで聞くと飛行機のトイレでゲロ特訓をしていたらしい。さすが、美和マウンテンEDに影武者出場しただけはある。そして、飛行機をでるとパスポートチェックへ。僕はさておき、リーダーと江連さんは無事通過できるだろうかと内心心配していたが、3人とも無事通過。そう、ここが海外レースの第1予選と皆は心得ている。ちなみに、何日間滞在するかとか、何の目的できたかを聞かれるが、アメリカの場合は90日までビザなしで滞在できるので2週間、観光でと答えるのがもっとも予選通過しやすいらしい。OKならパスポートに90Dayとはいった英文のはんこをおしてもらうけど、7Daysというはんこを押されたら予選落ち。そんな予選なんて大げさなと思うかもしれないけど、以前、韓国のライダーがJAPANエンデューロというレースに来たときに予選落ちしたのを知っている。
またまた、前置きは続くのだが、予選を通過した3名と同じ飛行機の乗っていたプロテックサポートのもう一つのチームパンチョ大室選手とサボテンライダー斎藤選手とロス空港のロビーで鉄人石井さんへ出迎えられる。さきを急ぐみんなを尻目に江連さんはスターバックコーヒーとドーナッツを買い込みもぐもぐ。当然ぼくももぐもぐ。しかし、リーダー福岡はエコノミー症候群でグロッキー。リタイア必至かと思うが、なんとか石井さんのバンへはたどり着く。あまり面識のない大人が狭い車の中で2時間ほど過ごすが、沈黙の時間がおおくなってきたころロスの石井さん宅へ到着。8年前にきたときといっしょだと懐かしむが、思えばこの前6月のロス出張中にもなんどかお邪魔したではないか(その時は自分で運転してきたので、違うところに感じた)。そしてしばしアメリカンリビングでくつろぎなら今回のレース計画などを見る。そうしているうちに森の熊さんが現れていそがしそうに車に積み込みを開始。みんなも負け時と積み込み出発。リーダー福岡さんがお約束といっているチャパレルへ向かうが鉄人石井さんがどうも鉄人らしからぬ忘れ物をしたもよう。なんでもいつも寝るときに枕もとに置いているティディベアを取りにいくとチャパレルを目前にして後戻り。お陰で、石井さん宅近くのカントリーバーガーという☆☆☆☆☆のバーガー屋さんでとても美味しいなんとかバーガー(アボガドがはいったボリューム万点のやつ、ファーマーバーガーだったっけ?)にありつけた。しかし、ここでもリーダー福岡さんはたこやきをたのんでいた。そんなこんなでチャパレルへ予定より遅めに到着。オンタイムは3時間のコースを1時間で走破することを各ライダーは余儀なくされる。ここで、装備一式をそろえなければならないサーファーライダー江連さんはスタートから飛ばしまくる。きづけばブレスガードをしたままレジにならんで精算。もちきれない荷物をカートに満載して無事ゴール。そして、パンチョ大室選手も手堅くゴール。いちばんてこずったサボテンペインター斎藤選手もブレストガードとオフロードジャケットを身に付けてゴール。きつい設定ながら、みんな無事ゴールしたが、言うまでもなく最速ゴールはグロッキーリーダー福岡選手(いちばん買い物好き好き大浴場)。
だいぶページも進んだがまだメキシコに到着しない。こんなんじゃ夜明け前にゴールできるだろうかと心配する気配もなく、一路ボーダー(国境のこと)へ向かう。ここまで、2台のバンに各チーム分かれてランデブー走行してきたが、このサポートバンには無線が搭載されており、我々は森の熊さんカーにのっていたのだが、鉄人石井さんからあやしい指令が入る。なんでもまとめてボーダーにいくと怪しまれてステッカーステッカーとせがまれて、簡単にボーダーを越えられないということらしい。以前、ISDEフランス大会にいったときもスペインから陸路を運転しボーダー越えしたがヨーロッパはそんな大それた国境はなかったので、いま通過した?みたいに簡単にパスしたのに。ちょっと緊張したが、経験者、リーダー福岡さんと、サーファー江連さんはなにも心配した様子もないので僕もさっき買ったお菓子をとりあえず食べていたら、あっさり通過。石井さんからはこちらも無事通過と無線が入る。「俺ら犯罪組織か?」と一瞬おもうが、なにやら口ひげをはやした色黒のパンチョがやたら目に付くようになりメキシコだとあたりをきょろきょろ見回す。だんだん薄暗くなってきて、長旅のせいかひと寝入りして目を覚ますとエンセナダへ到着。そこには港があり、おっきな客船が止まっている。なにか字かかいてある。P・A・R・・・・よくみるとパラダイス!なんともいえないエンセナダの第一印象と怪しげな街並みをみながら本日の宿へ到着。夕方6時くらいだったか忘れたけど、アパートタイプの宿でキッチン・リビングにベッドルームが2つ。そして部屋割りは2人づつ。ということは、連れ○○可能!とリーダー福岡さんもやっと本調子になってきたところで町のタコス屋へ夕食に出かける。呼び込みのお姉ちゃんが気に入ったのか、鉄人石井さんはここのタコスがうまい!と車をとめて入店。道路向かいには、石井さん曰くBAJAの社交の場というディスコが。タコス食べるのを忘れて、江連さんと下見に行くが、変な婆しかいなくすぐに撤退。あそこには二度といかねえと心に近い、途中スーパーで翌日の飲み物やお菓子、朝食のシリアルなどを買ってホテルへ戻る。ここで寝ないのが今回のドリームチーム。無論、パンチョ大室選手はなにやら手持ちしたSPLパーツをバイクに組み込む作業をしていた。うーん、感心。でもぼくらは、鉄人○特情報であるオクトパスへ向かう。しかし、入店するも人っ子一人いない。なんでも、10時ころにならないと人は来ないらしい。しょうがない、ほかの見せへ行こう。まだ8時くらだったか。エンセナダの町を徘徊しているとこんどはSHOW GARLという文字が目に飛び込む。なんだ、なんだと僕がおもっていたときには、すでにリーダ福岡さんは見せの中でコーラを飲んでいた。さすがに百戦錬磨のベテランライダー。さらに江連さんの姿が見えないと思いきや、見せの奥のあやしげな部屋で激しく腰を振っているではないか!きっとBAJA名物100万個ウォッシュボードにそなえてウォーミングアップだろう。ここでもリーダー福岡さんは厚化粧の婆につかまり、エコノミー症候群になりかけていた。うっ、あやうし。リタイアかとおもいきや、ただのストリップ小屋とみな気づき何とかスタックから抜け出した。全開ストレートばっかりイメージしているとBAJAにもやはりスタック個所があることを身にしみて覚えさせられた。難所をすぎて、チェックポイントのタコス屋台でタコスをほお張る。そう、BAJAの夜は長い。朝からスタートして、トップのジョニーキャンベルはその日の夜には到着して夜の町に繰り出せるのだが、僕らだと次の日の朝近くまで走ることになる。ということは、今PM11時というとまだまだゴールは300マイル以上はなれてるなと思い、本番さながらのプレランを続行。本番にそなえて、ショートカットやロングヘアー、赤い服、アムロナミエなどいろんなセクションを下見し、ベッドについたのはAM3時。よし、これをゴール時間の目標としようと思った。
めざめのよい朝を迎え、江連さんとコーヒーを飲んでいると、リーダー福岡さんが昨晩のプレランからやっとゴール。そう、朝帰りです。なんでも、メキシカンははげしくて、「すべて吸い取られましたわ」といっていた。チームのゴール予定時間をはるかに上回ったリーダーの朝帰りに、レース本番に対して一抹の不安がよぎるが、今日は夜は地元の若者で賑わうマイクススカイランチという宿までプレランということで、急いで準備にとりかかる。
スタートから20マイルほどいった地点までは、ショートカットしサポートバンに先導してもらう。ライダー5名、バイク5台。本番者以外にプレラン車をちゃんと用意してくれたプロテックスポーツには本当に感謝しているし、ライダーのことをわかっているなと感心させられた。1台づつダートへ入っていく。僕は本番車XR650を駆るが、本番前なのでいたわってスローペースで走る。が、だれも追いついてこない。みんな結構慎重に走っていたみたいだ。そして、オーホスネグロスという村へ到着。石井さんと熊さんと合流。次は3号線という国道を横切り77Km地点まで約40マイルほどの区間だ。入口付近は結構スピードに乗るコースたったけど、途中からは4輪が一台通れるほどの奥の細道。プレランされまくっているのか、いつもつかってるのか結構荒れていてペースは上がりにくい。おまけにくねくね曲がっている。もっと全開をイメージしてたけどそうでもないのねと思いながら淡々と走っているとまたまた国道へ到着。約1時間くらい。そこで、サポートバンに準備されたサンドイッチをほお張り一休み。そうこうしているうちに後から来ていた大室選手、斎藤選手も到着。彼らはちゃんと下見して、時間とかも図っている。ここでも感心。とおもっていると、リーダー福岡さんは茂みのなかへ。なんでも、食べるとすぐに排出する体質らしい。燃費が悪いというか、高公害車みたいです。
次は、我々XR650チームはプレラン車を乗り換え、本番車に江連さん、XR600に福岡さん、そして僕XR400。またまた、先頭だってスタート。こんどは後ろからバイクの音はするし、結構ランデブー走行。ここも1時間くらいの区間でしたが、後半全開区間になったところで江連さん、福岡さんにパスされ。ホコリを浴びながら走行。サンドウォッシュが続いているところでXR600が暴れ馬になってる福岡さんをパス。こんどはバギーに道を塞がれた江連さんに追いつきバギーをパス。岩盤の下りを下って国道にでる。ちょっと走るとサポートカーと合流。あれ、江連さんがいないと思ってたら後からやってきた。バギーを抜くときに違う道へいったらしい。とそんなこんなで結構たのしみながらプレラン初日がつづく。そして、到着したトリニダット村のタコス屋で腹ごしらえ。
ここで、リーダー福岡さんと熊さんとはお別れ。2人ともサポートカーに乗り込みエンセナダへ帰る。なにやら、あやしげな相談をしてました。そして、鉄人石井さんもバイクに乗り今日の宿マイクススカイランチへプレラン。トリニダットからマイクススカイランチまでは登りとなるが全開ダートがつづきとても気持ちよいままあっという間に到着。宿のすぐ手前で川を横切るところで、石井さんが写真とるぜっていって、やらせ撮影を実施後、宿へ入る。
なんでもライダーご用達のやどらしくバイクに乗ったまま門を潜ってプールサイドの駐輪場までいったのには驚かされた。もうすでに、他のライダーの宿に来ていた。山ということもあり、結構冷えたあげく、シャワーは水しかでなく僕も江連さんもちんこが縮こまったのは言うまでもない。でも夕食のステーキは最高にデリシャス。ごはんがあれば最高だけど、そうここはメキシコ、タコスの皮といっしょに食べた。
翌朝、目がさめると江連さんは散歩に出かけていた。この辺は山賊がでるらしいと聞いていたので心配したが、コーヒー片手に帰ってきた。余談だが、この山でジョニーキャンベルがプレラン中に山賊に教われて身包み剥れて裸でバイクにのって逃げた事件があったらしい。ちなみに、そのときの区間タイムが最速だったとか。そして、こんどは太平洋側の国道1号線へ向かう山岳路をプレラン開始。昨日とは打って変わり、勾配やガレもきつくなりペースが上がりにくい区間が続く。途中、先にでたアメリカンを数名追い抜くが同じやつがまた前に!かなりショートカットがあるらしい。気づいた個所は何度か下見をしたり、江連さんと分岐を同時に出発して合流地点での差をみたりとやってみた。そう、ここは僕の本番で走る予定区間なんです。走行しているうちに山をおりたところから、きました前回区間、XR650がTOPでふけ切る!そして、1速落としてコーナーと本当に高速区間で気持ちいい!でも危ない。最後に逆バンクの畑の中を走りぬけてサポートカーが待つ村へ到着。ここで、リーダー福岡さんと合流。なにやら、村の子供が福岡さんに群がっていて、「ジャッキーチェン、ジャッキーチェン」と騒いでる。どうも、福岡さんをジャッキーチェンとまちがっているようだ。
ここで、再びマシンを交換しつつ福岡さんも合流しプレラン再会。こんどの区間は福岡さんが本番で走るところなので本番車。江連さんXR400、僕XR600。村からでてすぐにミスコースしたらしく畑のなかで行き止まり。引き返すとほかのライダーも道に迷っているようでいろんなところからやってくる。村のこどもが集ってるところへ戻るとあっちあっちとゆびをさすのでそっちにいってなんとか矢印をみつける。
そう、BAJAのコースはコマ図もわたされるけど、基本的にはコース上にマーカー(矢印とリボン)があるのでマップホルダーなんかはいらない。けど、村の近くではこどもたちがマーカーをもっていくのでなくなっていたのだ。これも本番のときに注意しなくてはいけないことだと思った。
この区間は結構ペースが上がらない山岳路がほとんどで結構疲れた。とちゅう、江連さん、福岡さんに立て続けにパスされたが直後に二人ともクレパスに嵌って転んだ。飛ばすと危ないところもあると先輩は身をもって教えてくれた。山岳から降りると電柱みたいなでっかいサボテンがいっぱいあって、全開ダートがつづいた。ここで、リーダー福岡さんがガス欠。XR600からガスを分けて、再出発。しかし、僕のENGがかからない。おかしい、と百回キック。冷静にバイクをみるとコックオフ。それにタンクキャップは閉まってねー。リーダーにやられた・・・。再スタートして国道でサポートカーに合流するとリーダー福岡さんと江連さんはすでにカップラーメンを食っているではないか!僕もすぐに食べた。
こっからは日も暮れて、ナイトラン。僕と江連さんはサポートバンに乗り込み、福岡さんが本番者にbajaライトをつけて、約1時間舗装道路をはしった。目がさめたらホテルに到着していた。バイクを盗まれる危険があるのでホテルの部屋まで持っていった。結構疲れて、夜は早く寝た。
朝、目がさめて窓から外をみるとサボテンだらけ。とんでもないとこに来ているようだ。けど、カタビラにきたらマルゲリータが美味しいと現地人がいってたので、江連さんと飲んだ。リーダー福岡さんだけはコーラをのんで、夜は部屋に女の子を連れこんでいた。(カギがなくなったとか言っていた)。3日目は1区間130マイル程をプレランで終了。江連さんはお休みで、福岡さんXR400で僕がXR650(本番で僕の区間なので)。いっしょにランデブーと思いきやスタートしてまもなく全開区間。福岡さんさよーなら。それからまもなくすると黄色い小麦粉を敷き詰めた変なサンド路面が現れる。結構フロントを取られたりする。それどころか低速になるとスタックしそう。終いには、自分で巻き上げたホコリに追い抜かれる始末。こんなところでころんだらてんぷらになってしまうとなんとかこらえてこの区間を通過。海岸近くにきて、待つこと30分。福岡さんが真っ白になってやってきた。「たこ焼きになってもうあわ」なんと小麦粉砂漠にダイビングしたらしい。しかし、なぜか「あんなんよう走れんわ」とひとごとのように笑っていた。実際僕が走る区間です。ここで背負ってきたガスを補給し、海岸沿いのセコイ道をひた走り、ちょっとビーチを走るて山岳路へ。ここは結構きもちよくとばせて、アップダウン、コーナー連続などファンライド区間。ここを超えたあたりで飛ばしすぎたのかガス欠。福岡さんをまってガスを分けてもらいなんとかサポートカーが待つ合流地点へ到着。プレランでは燃費のいい車を後に走らせるのが鉄則とわかった。
待ちくたびれたろう江連さんは、なんでも魅惑の国コスタリカのおっちゃんと友達になってた。こんど遊びにいくらしい。うらやましい。というかいきたい。そして、サポートバンにバイク5台を積み込み、さらに男7人が乗り込みぎゅうぎゅう詰めで7時間のエンセナダまでのドライブを楽しむ。途中、タコス屋でタコス食べた。へんなジュースをのんだけどお腹は大丈夫。夜には、エンセナダの宿についた。
次の日はレストDAY。ただし、スタート地点から20マイル地点までのプレランをスタートライダーの僕と大室選手を行う。川底を走ったりアウトドアコース(レ−スの為のコース)があったりと結構短いけど面白かった。帰ったら、まずバイクを洗車。洗車は近くに、洗車場があり6ドルでピカピカに洗ってくれた。それからレースに向けて整備。中華で昼飯食べて、昼寝。
レース前日、今日は受付、車検、開会式。朝から受付へいって、腕輪をしてもらったり、書類をもっていった。国際免許がいる。あとはゼッケンNOをいうとOKだった。とても簡単。そして、車検場へ、人がわんさかしてるとこをかぎわけ車検場へ。なぜかファーストエイドきっとがいる。あとはスポークのタイラップどめをしとけばOK。とてもまじめに車検しているようではなかった。(FIMはかなり厳しい)そして開会式は途中まで聞いて、アメリカやメキシコの国家とか流れてなにやらスピーチがあっていたが、さっさと途中で切り上げて、ホテルのレストランで皆でパエリアを食べた。ちなみに昨晩から花輪さん夫妻もサポート隊できてライダー5名、サポート4名の9名での食事。パエリアもあっという間になくなってしまった。
さて、いよいよレース出発。スタートの僕はスタート地点へホテルからバイクに乗って向かう。6:30スタートだが。20分くらい前に言ったのにもう皆そろっていて更に観客がびっしり。なんとか,スタートの列に入りこみまわりを見ると、2人前にジョニーキャンベル。
あれ1Xは1番スタートじゃないの?そして11Xが僕の後ろ。アメリカHONDAのファクトリーライダーに囲まれて緊張するはずが、テカテガールに囲まれて福岡さんに写真とってもらったりして楽しんでました。リーダーの人徳です。
さて、スタート。30秒おきにゼッケン2番より豪快にスタート。みんなこれから800マイル走るのに気合入ったスタート。ジョニーキャンベルもスムーズにスタートを決め。いよいよ、僕もスタート。いきなり舗装路で転んだら洒落ならんとおもって慎重にスタートし、観客で賑わう町中から枯れた川底を走行。途中ヘルメットがぶつかりそうな橋があったり、メキシカンの罠(穴がほってあって水がたまっている)があったりと、障害を乗り換え、本格的なダート区間へ、とそこで早くもゼッケン11xに追い抜かれ誇りだらけで前が見えない見えない。このあと11Xのクリスはジョニーキャンベルを一度抜いたらしい。19歳のHONDAの新星ファクトリーライダーだ。そして、クローズドコースや畑のなかのアップダウンなどをクリアして、下見したミニショートカットをフル活用していき#6を抜き、#2に追いつく。しかし、ホコリと霧がでてきてすぐに見えなくなってしまった。舗装路へでてスーパーモダートして予定通り、江連さんとライダー交代。ジョニーキャンベル(すでにトップ)に約5分遅れでまずまずのすべりだし。
ここからオーホスネグロスを通過して次のライダー交代地点のトリニダット村へ森の熊さんとハイラックスでひた走る。交代地点ではすでに先に来たサポートカーで道路脇はいっぱいだが、なんとか隙間をみつけてピット設営。江連さんを待つ。1時間ほどたつと、なにやらヘリコプターがとんできて、しばらくすると1Xジョニーキャンベルがやってきた。ここもスムーズなライディングで通過。すぐに11Xクリスが通過。彼は若者らしくコーナーへものすごい勢いでつっこんでアクセル全開でアグレッシブに駆け抜けていった。観客も大騒ぎ。しばらく間隔があき、同じプロクラスのライダーが次々と通過。30分から40分遅れで江連到着と思いきや、クワドのトップがきてしまった。そして、そんなに早そうじゃないプロクラスライダーが次々と通過。江連さんがなかなかこない。トップ通過から約1時間が通過。僕もヘルメットをかぶってからはや30分以上たって疲れてきたころに江連さん登場。「いやー、ごめん、飛んでしまったよ。」江連さん。「身体大丈夫?」と僕。「バイク直すのに時間かかったよ。足が痛いけど、なんとか走ってきたよ。気をつけて」と江連さん。短い会話だったけど、江連さんの様子からかなりひどい転倒をしたと感じ取りながら、スタート。マイルメーターがつぶれているし、ハンドルにつけたGショックはぶっとんでるし、結構なダメージから前転した模様。そういえば、昨日、ウエストバックは1個に統一して交代の時に渡す約束をしたのに、渡し忘れていた。あとで聞いたら転倒後に工具がなくてサポートカーがいる地点までやっとたどり着きバイクを直して時間がかかったらしい。本当に申し訳ないのと、怪我を押してバイクをつないでくれた江連さんに奮起され近頃ダメライダーだった僕もマイクススカイランチの山越えルートを必至の形相で全開走行。次々にアメリカンライダーをパスし、リーダー福岡さんが待つポイントへ。
到着したときはすでに12時をまわろうとしていたが、約100マイルを2時間ほどで走りきった。神がかりか、この区間で、最初に計画した到着時間より10分ほど早く到着。本日の初走行となる福岡さんへチェンジしこんどは120マイル先のHONDAピットで福岡さんを待つ。そう、僕らのチームはアメホンのガスサポートにしていた。このリーダーの区間は最後に高速ダートと30分くらい舗装路があるけど途中はスピードの上がらない山岳路。予定時間は、14:00が希望(ライトつけないで走りたい)で、リミット14:30にしていた。まあ、2時間30あればと簡単におもうが、僕の走った区間よりハードなところや低速区間が多く、福岡さんが到着したのは14:50。なにかトラブルでもあったかと聞くと、マシンはなにも問題ないと言ったが、つぎの瞬間に驚いた。なんと、マフラーが取れかかってタイヤとあたってグシャグシャ。さすが、リーダーと感心している場合でもなく、どないしよー状態。ここでも、超ラッキーなことに、我々のサポート隊は再生名人のデビル花輪さん。デビールと叫びながら、そこらへんのピットからいろんなものをもってきて、あっというまに走れる状態に再生。プレランで途中ガス補給などして130マイルを4時間ほどかかったシルトがある次の区間へ15:05に突入。ここで、bajaライトに交換すべきだったが、ヘルメットHIDをつけて、17:00に暗くなるまでの区間を気持ちよく走行。明るいうちにシルトも抜け、海岸も抜け、山岳路へ入る頃どんどん暗くなってきた。こっからはあと1時間くらいのはず(プレランで昼間の感覚)とおもったのとプレランで2時間ほどの区間を1時間30分と調子よく抜けてきたなとおもったがここからが大変。どんどん闇夜になっていき、純正の提灯ライトはほとんど役目を果たさない。本当に暗くなってきてヘルメットHID(約2時間はバッテリーは持つ)を点灯。ちょっと明るくなってなんとか走るが調子があがらず、永遠と闇夜と不気味なサボテンが続く。HONDAピットはどこだー。まだ山を降りんのか-―と迷子になった気分で走っているとHONDAピット登場。前半飛ばしすぎて水も飲み干してたので、ガス補給と同時にミネラルウォーターでのどを潤し、ついでにA/Cも交換。水のパワーと闇夜に慣れてきてちょっとペースをあげると前方にライトがだんだん近づくとこんどはホコリがすごく10分くらいライトで照らす白い煙(砂埃)のなかを走行してやっとの思いで追い抜く。クワドだった。そして、山をおりてプレランでガス欠になった地点を通過。交代ポイントはもう近い。暗くなってからは、プレランのときの2倍の距離を走った気分だが、もうすぐ交代地点と思うと、スロットルもがんがんに開き始める。ストレートで久々に全開かましていたそのちょくご、いきなりディープサンド区間でハンドルがフル転蛇!そのまま、マシンから背負い投げを暗い小麦粉の海へ。私は誰?ここはどこ?状態だったが、ヘルメットHIDのお陰で暗闇からは救われ、ちぎれとんだウエストバックをもって、バイクにまたがる。はんどるをまっすぐにしてスタートするといきなり横へ。FRタイヤが45℃ほどねじれている。やばいと思うすぐにおりてキック一発。ちょっとは治ったがフォークを緩めたりしないと完全には修復できそうじゃないな。一瞬ウエストバックに手をやったが面倒くさいので、そのままのって交代地点へ。
18:30に到着。「すぐそこで転んでしまった」と僕。「どこへいってきたん、まっしろやんけ」とリーダー。「エビフライ!はっはっは」とデビル花輪さん。ここでBAJAライトへ交換し、FRフォークのよじれやハンドルガードを修正し、福岡さんへ交代。「江連さん怪我して走れないかもしれないから福岡さん頑張ってや」に対し、「はっはっは。オモロイカッコや」ところんで砂まみれの僕に笑いながらご機嫌でスタートのリーダー福岡さん。ようわからんけど頑張ってつなごうやという気持ちで、サポートカーに乗り込み、1号をエンセナダへもどり3号をいけるとこまで南下して、江連さんが走れないときになるべく早めに交代できるように向かう.早起きと疲れのせいかすっかり寝てしまいきずいたらKM77(だっけ?)へ到着。きがつけば、次の日のAM1:00を廻っている。なんと、デビル花輪さんはサポートカーを飛ばしに飛ばして約7時間弱の長旅を。BAJA1000はライダーよりもサポート隊の方々が本当にタフでないとレースにならない。そして、プロテックスポーツの目印である趣味のいい紫のパトランプを転倒し福岡さんを待つ。14:00頃にラリーロスラーという昔のBAJA王者がKTMラリーという象みたいなバイクで通過。なんでもこの人は、バイクにのったあと4輪にも乗ってたらいい。すごいオヤジだ。そしてとっても寒いなか、待つこと1時間を経過し、途中なんどもライトが近づいてくると「来たー」と裏切られまくってヘルメットを脱いでたら、リーダー福岡さんがやってきた。
「江連さん、走られへんかったわ」「足がうごかへんねん」といい約300マイル8時間の長旅にも関わらず全然汚れていないかっこでバイクを降りる。なんでも舗装路ともぐらたたきみたいに穴が空いた舗装路と100万個ウォッシュボード、そして舗装路みたいな退屈な区間だったらしい。そして、「ENGが200ccになっとるでー」と気になることをいって僕に交代。寒いし、夜だし、あと100マイルちょいをなんとか走りきろうといやいやながらスタート。ダートへ入るが明るい明るい。BAJAライトがあれば夜なんて関係ないとちょっぴりとばすも、さすがにプレランより更にひどくなった路面にハイペースはつづかず。結構長いなとオーホスネグロスへ到着し江連さんが跳んだというダート区間へ逆から入る。そう、この区間はループが終わりスタートの逆走でプレランとは反対。やっぱりお約束で村の中で迷子に。感を頼りに舗装路まで戻り、またダートへの入口をさがしオンコースへ。ここでもマーカーは外されていた。BAJAの村通過は要注意!そして最終チェックポイントをすぎたところで、急に用をたしたくなる。バイクを止めてしょんべん小僧と。さあ、とバイクに跨ろうとすると寒さから足があがらず(運動不足か?)バイクを倒してしまう。逆に回り起こすもまた反対へドタン。それからENG始動にてこずり、あやうく山賊の餌食となるところで再スタート。すでにENGは100cc。舗装にでて、50km/hくらいしかスピードの出ないバイクで朝走ったダート区間へ突入。ここは結構アップダウンの激しい区間。ここでも20分くらいのミスコース。なんでも分岐の先に反射鏡がずっと続いてたのでそちらへつられていくと最後に反射鏡でクリスマスツリーをつくった家に到着しやっとミスコースと気づく。そこから引き返し、途中同じくミスコースしてきたバギーとすれ違いながらオンコースへ。真夜中にも関わらずギャラリーびっしりのヒルクライムにいどむが、いかんせんENGが100cc以下になっており、押しながらなんとか上りきる。もうちょっとだ、と皆がつないでくれたバイクを必至に走らせ、時には押しながらなんとか町中の川底へたどりつく。そしてこれまたビックリするほどのギャラリーが集まるところを抜けるとさすがに100ccとなったENGのことも忘れウィリーしようとするが、10cmくらいしかタイヤはあがらず。情けない。そしてゴールのスタジアムへ。ゴールゲートではオーガナイザーのひげ伸ばしすぎのおっさんが握手で迎えてくれた。周りにはテレビカメラやギャラリーで埋め尽されているがここでリーダー福岡さんがフィニッシャーバッチをもらってきてやといってたのを思い出し、どこ?と聞くとあっちへいけといわれるがままに前方へ進む。こんどはあっちだとテントのほうへ進む。テントに行くとあっちだとまた別のテントへ進む。そして今度はあっちだとゲートへ進む。警備員風の男が門をあけたので、そこをでるとスタジアムからでてしまい、町の中へ。振り返ると門は閉められておりアウト。まあいっかとちょっとまよいながらホテルへ到着。なんとか明るくなる前にシャワーを浴びてベットイン。初めてのBAJA1000は終わった。
目がさめると、福岡さん江連さんもいて、昼頃にはみんなそろっていた。フィニッシャーバッジをもらいにまだまだゴールしている人がいるスタジアムへ石井さんといってなんとかもらえた。やっと一仕事終えた感じがした。
ほんと楽しい非日常の1週間でした。
おしまい
島添正規
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