| 2003 Baja500参戦&サポート記
オイラ石井(プロテックスポーツ代表) ■いよいよレース当日がやってきた。たっぷり時間があったはずのスケジュールだったが、過ぎてしまえばあっと言う間に本番だ。『5時30分にはホテルを出発だよ』。昨夜、寝る前に全員に通告してあった。
今年のコースには“問題”があってスタートして15マイル付近で国道3号線を4マイルほど走るのだ。勿論一般の交通は止めてない。ただ、レーサーが国道に出てくるときと、国道からダートに入るときは一時交通を止める(アルバイトのメキヤンがやっているので信用は出来ない)。サポートの我々もその国道を走って最初のサポート地点に向かうのである。
いつものBajaはエンセナダのメインストリートにずらりと整列しPROクラスから順にスタートしていく様を観たり写真撮ったり出来るのだ。ライダー達に『頑張れよ!』とか『最初の数マイルは気をつけろよ!』とか『ション便したか?』などと無責任に声をかけて落ち着かせたりするのであるが、今回はそうは行かないのだ。そんなことをしていると国道が渋滞してしまいライダーの方が先に行ってしまうなんてこともあるのだ。そこで、ホテル前にて201xの久保田さん、258xの鈴木さん、501xの唐沢さんの3台をお見送りして直ぐに最初のサポート地点《Ojos Negros》へ移動した。
■Ojos(オーホスと読みます)には6:15着。ここでは201x、258xは通過確認だけ、勿論,異常があれば《喉が渇いた、疲れた、お腹がすいた等》止まってもらって話を聞いてあげたりする。501xのみ唐沢さんから[オイラ・イシイ]に交替する。
6:44, 3xが通過!12x、10x、そして本命1xが46分に通過した。そろそろ準備しなくちゃ、ヴアームのゼリータイプを2袋一気に飲んだ。(これ効いたのかな?)
54分、来た!501xだ。ウチ等の敵は500xのみ、なんせクラス50は2チームだけなのだ。相手はBajaの常連、リチャード・ジャクソンだ。その500xを抜いてきた。唐沢さんいわく『国道に出た所でイキナリ抜かれたんダス。そんで悔しいからダートでやっと抜き返してきたんダス』だって。 ゲエー!抜いてきたって言うことは直ぐ後ろにいるって事だよな。プレッシャーかかるな。『よっし!』と自分に気合を入れてバトンを受けた(Bajaでは実際にはバトンの受け渡しはありません)。
■交替して暫くは牧場脇のなだらかなアップダウンが続くハイスピードコース。イキナリ右コーナーを曲がりきれずに飛び出してしまった。イカン、イカンかなりハイになっているな。落ち着けと思うがアクセルはガンガン開いてしまう。CRFは本当に速いバイクだ。そうこうしているうちに喉はカラカラ、呼吸はゼーゼー、腕はパンパン。30分も走ったら完全にバテテしまった。ギャップで振られるし、コーナーは飛び出しそうになるし、アクセルを戻しているつもりでも腕が“バカ”になっているので戻ってないのだ。ヤバイ、このままでは吹っ飛んでしまう。スピードをガクンと落とした。落とさなければ走れなかった。子供の頃から夏休みの宿題は最後の31日にならないとやらなかった。高校生になっても期末試験の勉強はやろうやろうと思いながら試験当日の朝に便所で参考書を読んでいた。大人になってもその癖が抜けず、《明日からトレーニングしよう、明日からダイエットしよう》と思いつつレース当日が来てしまった。これはもう治らない。ここはひとつペースを落として息が整い、腕のアガリが治ってくるまで自重しよう。(レース中に自重するってのも変?・・)
■チェックポイント#3を通過する頃、だいぶ身体が回復してきた。あと1時間とチョッとだ頑張ろう。レース後、このチェックポイント通過タイムを見てみるとバトンタッチして直ぐのチェック#1では4分差で、このチェック#3では8分の差が付いていた。(オジサンはチョッと張り切りすぎてしまったようだ)。レースマイル76.42マイル地点で国道3号を南から北へ横切る。ここでもサポーターの花輪夫妻達がコース脇で声援をしてくれていたんだがあまりの沢山の観衆に年甲斐も無く“アガッテ”しまい眼に入らなかった。唐沢さんには後日『石井さん、すっごくカッコ良かったっスヨ!』と言われた。この時はオイラも意識してカッコ良く走ったつもりだし、正直者でウソが言えない唐沢さんが言うことだから本当に《カッコ良かった》のだ。と、思いたい。残念なことに、この国道を横切るシーンの写真が一枚も無いのだ。あれば100ドル出しても買うところだが。
■国道の北側は更にハイスピードなコースだ。こういうところでは速度感覚が狂ってきてスピードを落としているつもりでも落ちてなくてコーナーを曲がりきれずに飛び出してしまうって事がある。事実オイラは2回もコーナーを飛び出してしまった。幸いエンストしただけで済んだからいいが(エンストもかなり辛い、セルがあればな〜)下手をすると崖から飛び出してしまうかも・・。更にサンドのコーナーでも転倒してしまった!これはポテゴケ、ダメージ無し。エンジンをかけるのに手間取ってしまった。(セルが欲しいよ〜)。そんなこんなで結構タイムロスをしてしまってチェック#4では差が8分のままだった。そしてレースマイル118マイル(トリニダッド村、国道3号線上)で唐沢さんに無事にバトンを渡した。ここからは唐沢オジサン一人旅だ。ま、何にもなければこの後はガレ場だのワインディングだのがが続くコースなので唐沢オジサンの得意分野だ。500xには負けるわけが無い。ここでオイラは賞金($700)を手にするところをイメージしてた。テカテ・ガールからお祝いのチューも!!
■ところが『世の中そんなに甘くない』と神様が言った!?。50過ぎのオジサンチームにそんな事言わなくても・・・なんと、なんと唐沢さんはマイクスの山の中で大きな五寸クギ(メキシコ語では“シンコ・クギ”)を踏んでしまい、《パンク!》。クギでパンクなんて!天はわれ等を見放したか!結局、チューブを探したりしてパンク修理に1時間も費やした。
ここで258xの方が先行するという予想外の展開に!マイクスの山を下りてきたのは258xの鈴木さんが30分も早かった。更に500xは1時間近くも先行していた。その後、唐沢オジサン怒りの走り!太平洋岸を廻ってオーホスネグロスに戻ってきた時は青森県の《炭焼きのオジサンか?》と思うほど汚れていた。疲れていた。でも500xには10分差だよ、あと少しだ頑張れオジサン!!258xの加藤さんは唐沢さんに2分遅れでオーホスに来た。さすがBaja500は10回目の出場だ。《そつなく走る》。ここから鈴木さんがラストを走る。クラス4位が目前だ。
■ここで201xの久保田さんが話に出てこないのは?と思っている人もいると思うので(思うの2段活用)報告しておきます。久保田さんはスタートから順調に走っていたのですがやはり《始めてのおつか・・イエ、Baja》、かなりハイになっていたようです。(人のことは言えないのだが・・)スタートから30マイル付近でATVに抜かれた後、埃で視界を失ってコース右端の多きなウオッシュアウトに嵌まってしまい投げ出されてしまいました。幸い怪我はたいしたことは無かったのですが(現地人の言葉が日本語に聞こえたと言ってた程度)マシンに損傷があり修理していると各チェックポイントのクローズタイムに間に合わないということでリタイアをしました。なんとも残念ですがこれもBajaです。※今回からクローズタイムが設けられた。
■結局、オイラ達オジサンチームはクラス2位(9分差)、258xの加藤弘次、鈴木正幸チームはスポーツマンクラス4位(加藤さん初のトロフィー・ゲット)と言う結果に終わりました。
ま、全員大きな怪我も無く(小さなケガはイッパイあった)無事に帰ってこれたことで《良し》としなければね〜。最後にマシン(CRF450)を提供してくれた花輪氏(アクマ君)にお礼を申し上げます。来年は3人で走ろうよ〜、500xも3人だったよ。
石井ススモ(60歳未満)
|