| 2002 Baja1000 401x 山崎・畝田・入来組
■春ごろ、畝田さんから誘いが来る。『ワークスライダーにしてあげる、入来ドンは乗るだけでいいからBajaに行こう!』 マシンは用意してくれると言う。その分参加費用が格安になる。
カミさんに相談すると『安いなら』とOK!してくれた。会社の上司にも『11月に2週間ほど休みを取りたい』と伝えたらこちらもOKが出た。(何しろサラリーマンなもんで)
秋、マシン製作中の情報が入ってきた。今回使用するマシンはCRF450Rだ。ライト関係に手こずっているようだ。自分は【ワークスライダー?】なのでマシンに関しては何もしないで状況を聞いているだけである。(マシン作りは本当に大変だったようだ。山崎さん、畝田さん、チャーリー尾道、その他大勢の協力者の皆さん有難うございました)
11月、やっと【CRF450R Bajaスペシャル】も出来上がり、いざ出発!
401xのメンバーは山崎勝実(45歳)、畝田壽(51歳)、私こと入来、そして尾道(奴隷メカ)、サポートの花輪夫妻(USA在住)。花輪妻〔親方?〕以外は全員某2/4輪メーカー勤務である。
■プレラン
いよいよ初めてBajaスペシャルのCRF450Rに乗る。『気持ちいい!』今までに乗ったオートバイの中で一番だと思った。(やっぱりワークスマシンだ!)
夜、ライトテストに行った。HIDランプの2灯だ。めちゃ明るい!走り始めてすぐ【チョッと、もよおしてきた】『大丈夫だろう』とそのまま走る。本番者の山崎さんが先に走り、その後をプレラン車で付いて行く。ライトテストなので少し間隔をあけて走る。しかし、駄目だ!ガマンできなくなってきた。
野○○をする為マシンを止めた。『ゲっスタンドが無いじゃん!』立てかけられる所を探しながらゆっくり走る。山崎さんのライトの明かりは遥か彼方でもう見えない。具合のいい木を見つけCRFを立てかけた。急いでモトパンを降ろす。昨日260xの伊藤さんが【パンツを汚した】話を聞いていたのでかなり神経を使った。『フッー』助かった。でもよく考えたら“紙がない”Bajaには《葉っぱ》もないし・・・葉っぱは無いが砂がある。サラサラときめの細かい柔らかい砂だ。少し痛かったけどキレイになった。(癖になったらどーしよう!?)ヒリヒリしながらプレラン終了!
■いよいよレース!
早朝、エンセナダのメインストリートでスタートライダーの畝田さんを見送った後、私達は最初のライダー交替地点である【エルクルセロ】に移動した。4:20分過ぎ、予定より少し遅れて畝田さんが帰ってきた。畝さんは頬もコケ、ヘロヘロだった。
ヘッドライトを取り付けし、セカンドライダーの山崎さんがスタート。サポートカーは次のライダーチェンジの地点である【サンイグナシオ】へ移動する。走り終わった畝さんは移動の時間ずーっと『痛い〜、痛い〜』と泣いていた。身体のあちこちがヒクヒク痙攣している。よっぽど辛かったみたいだ。(多分脱水症?)このまま逝っちゃったんじゃ洒落にならないので水分を与えてたっぷりと全身をマッサージしてあげた。数時間後にはだいぶ落ちついた様だ。(東福寺さんに貰ったユンケルも効いたみたいだ)
9:44PM、山崎さんが元気に帰ってきた。花輪さんが手際よく整備をしてくれる。さあいよいよ私の番だ!国道を少し走った後、サンイグナシオの【La
pinta Hotel】の脇を抜けダートに入っていく。暫らくはフラットなダートが続く。
アクセルを開ければいくらでもスピードが出そうだ。でも時々、いきなりリヤーが跳ね上げられ【ヒヤッと】する。気づいていないけどギャップがあるようだ。シートに腰を下ろしたままだと転倒しそうなのでずっと半腰(中腰)で走る。太ももが辛いがこのスピードでこけるよりましである。スピードが出ると身体が冷えて小便がしたくなる。幸い《大きい方》は治まっている。途中でCRFを止めてオシッコをする。ついでにコースメモをナックルガードの内側から走りながらでも見やすいライトの上に貼り換えた。
フカフカのシルトは(パウダー状の砂の海)4輪に抜かれるとものすごい埃で1m先も見えない。抜かれた後はミスコースをしないようにそろそろと走る。シルトが終わり暫らく走ると202xが前を走っている。近づくとあっさりと抜かせてくれた。(どうやらライトがバカ明るいので4輪と勘違いしたようだ) コースはガレ場になっていた。まるで山梨のモトスハイランドのようなコースだ。モトスが延々と続く。調子に乗って走っていたら“いりきなり”こけた!
スピードはあまり出ていなかったからダメージは無い。重いデュアルライトの為か!?石に乗り上げたフロントが“いりきなり”横に飛ぶ!バタバタと足をつきながら走っていたら202xに追い越されてしまった。
フラットダートに出た、再び202xに追いつこうと思ってアクセルを開ける!暫らく走ると何故か急にエンスト!再始動して走るがまたエンジンが止まった。今度はかからない。CRFをコース脇に移し、ヘルメットに付けたライトで(単4電池x3ー2個)照らし、各部をチェックする。何が原因かわからない。エレメントを確認するためシートを外そうとするが、シートを固定しているピンが(ボルトではないのです)抜けない。シートが外れないとプラグが点検できない。30分ほどシートと格闘する。もう泣きたくなった、もうリタイヤか!と思った。
ふと、タンクを見るとブリーザーホースが折れ曲がっているではないか!ホースが閉塞してガスがタンクからキャブレターに行ってなかったのだ。ガレ場でコケたのと、ガス給油の時にレシーバーのキャップ(クイックチャージ)をする際にホースをねじってしまった様だ。
修正してキックをするとエンジンはあっさりと始動した。
遅れを取り戻したいと思いながらも無理をすると“えらい目”にあうと気を引き締めて走る。フラットダートのハイスピードが続く。とっ!いきなり、フロントが取られた。硬いフラットな路面に見えたコースだったがそこはフカフカで中に4輪の轍があったのだ。CRFは大きく前方に反転し、私も投げ出され左肩からドスン!と着地した。その瞬間、左肩から嫌な音が聞こえた。バキッ!真っ暗な闇に山崎さんの怖い顔が浮かんだ。
立ち上がってまずCRFをチェックする。それから自身の身体をチェックした。CRFはライトフレームが曲がっただけだった。人間の方はまず左肩を動かしてみる、痛みはあるが動く事は動く。何とか走れそうだ。走り出すと直ぐまたコケた。ライトフレームが曲がり、ハンドルと干渉する為ハンドルが殆ど切れないないのだ。ライトに“蹴り”を入れてみる、このヤロー!ビクともしない。ライトは真っ暗な空を照らしているだけだった。仕方ないのでゆっくりと走りながら次のHonda Pitを目指す。
どのくらい立ったろうか、やっとHonda Pitにたどり着いた。いやがるHonda
Pitを拝み倒して(脅かして)ワークスXR650用のライトを取り付けてもらう。CRFはライト・トラブルを起こした時のことを考えてワークスのライトと取り付けブラケット等を同じにしてあるのだ。しかし、同じ2灯でも仕様が〔発電量〕違うためワークスXRのライトは1灯しか点灯させられない。1灯でもさっきよりはまだいいし、結構明るい!調子よく走れそうである。しばらくはライトの角度を調整しながら走ったり、右のライトを試したり、左のライトを試したりしながら走る。
そしてその後“大チョンボ!”をやってしまったのだ。2灯一度につけてしまったのだ。山崎さんには『やってはいけない!』ときつく言われていたのに・・・《ボシュッ!》と言う音と共にライトは消えてしまったのだ。原因はバッテリーが一気に放電してしまったのだ。なんてこった!でも諦めの良い私はヘルメットに付けた釣り用ライトで走る事にした。ライトが暗いのでコースマーカーもよく見えない。コースを確認しようとヘッドライトに貼ったメモを見ようとして思いっきり笑ってしまった!メモが無かった。Honda Pitにそっくり置いてきてしまったのだ。ラッキーだったのは満月の夜だったこと。月明かりで何とかコースは見える。でもギャップは見えないし、肩の痛みもあって《ビビル・入来》になって走る。ゴーグルも外して走る。慣れてくると幾分スピードも出せるようになる。(多分40〜50km/h)ただ、4輪に抜かれると暫らくは目が開けられない。
1時間(いや2時間?)ライト無しで走っただろうか、だんだん夜が明けてきた。夜明けだ!予定では暗いうちに次の山崎さんにバトンを渡すはずだったのに・・・でも明るくなると走りやすい。肩の痛みも忘れ思いっきり走る。気持ち良いサンドが地平線まで続いている。コース脇では大勢の人が応援してくれている。涙が出て来た。本当に気分よく走れた。山崎さんには申し訳ないが明るい時間に走れて本当にラッキー?だった。
大幅に遅れて交替地点に着いた。時間は6時34分になっていた。何とか山崎さんにCRFを渡す事が出来た。さーラストだ!山崎さん頑張れ!サポートカーでラパスに移動し、畝さん、尾道、花輪夫妻とフィニッシュラインで山崎さんを待つ。11時24分、401xがゴールした。予定よりはかなり時間がかかってしまった完走だけど(すいません全て私が悪いのです)パチパチパチ・・
■いやあ〜、Bajaは本当に楽しくって気持ちよかったです。1000マイルは遠いけど景色も楽しめたし、異文化交流も出来たし《また来たいナー》
畝さん、山崎さん、チャーリー、花輪さん夫婦,石井さん、プロテックのサポートの皆さん、CRFをシコシコ仕上げてくれた“朝研”の皆さん、本当に有難うございました。
入来 一成(40歳)
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