このコーナーでは、プロテックスポーツがサポートを行った参加者のレポートを紹介します。

 
2001 BAJA1000 #1

山下睦美嬢、原田真由美嬢、村井由紀嬢の女性ばかり3名のチーム「サボテンシスターズ」の参戦レポートです。まずはチーム1の長身、村井さんのレポートからお届けします。

■チーム「さぼてんシスターズ」は、さばらしいサポート体制のもと、無事走りきることが出来ました。
ご報告申し上げます!プロテックスポーツ石井さん、スタッフの皆さん、メカニック寺戸くん、どうもありがとうございました。
 何をレポートしようかと思いましたが、今回、バイクを壊してしまった私なので、その状況説明を兼ね、自分のレース展開をメインに書かせてもらいます!(言い訳っと思わないでねっ、、また日本に帰っていちからやり直すからぁ?★)
 『SCORE BAJA1000』 私は、今回山下さんに誘うわれてのチャレンジだったのですが、私のバイクライフの中、今考えると色々なところで登場していました。地元でも95年くらいまで毎年行かれてるお店屋さんがあたり、自分が行っていたショップの人の知り合いが広島とかから行ってたりして、「サボテンの刺が、ブレストガードを貫通するらしい・・・」と言う噂が、人知れず、私の周りにうごめいていました。石井さんは現地ではじめて知りました。日本に帰って過去の雑誌を見て「バリバリ」載っていたので、びっくりしました。「ビッグすすむさん」本当、色々な意味でBIGでしたねっ★

■さて、私達「さぼてんシスターズ」は2001年、その大地とゴールを目指しました。チーム名は「さぼてんシスターズ」はBAJA半島に生息するサボテンからの命名です!

 11月9日、早朝6:30。朝霧発生するエンセナダ。私達はコンベンションセンター前、スタートラインに並びました。コース設定は、ループコース(8の字を描くコース)でした。走行制限時間も急遽29時間から30時間に変更されていました。各ライダー30秒おきにスタート。6時50分私達のチームはスタートしました。

  スタートライダーは私、村井が担当。10区間にわけ、3人が各3区間の割り当て。フィニッシュライダーの山下さんが1区間多い4区間の走行となりました。原田さんには、今回の難所!「サミット越え(岩山)」のある3区間目が任されました。村井(62.92mil)→山下(45.23mil)→原田(71.58mil)→村井(41.09mil)→山下(42.14mil)→原田(82.58mil)→村井(126.28mil)→山下(102.3mil)→原田(42.1mil)→山下(60mil)の10区間トータル676mil程でした。私たちは8時間を目標とし、スタートしました。  順調なレース展開、3区間目の難所「サミット越え」を向かえました。原田さんは、スムーズにこの難所をクリアし(悪戦苦闘はしたようですが・・・)思った以上のペースで戻ってきました。私が次のライド予定。遠くにトボトボあるいて用足しに行ったところで、原田さんの姿。原田さんのあまりにも速いピット戻りに、私もすごいスピードでピット(?)を目指しました。

  サミット超えを終了してから4輪に抜かれだしたらしく、サミットで抜かれ出す恐怖をとても心配していたので大変良かったと思いました。4区間目走行中道幅の狭いところで4輪にクラクションを鳴らされ、避けたのは良いのですが、よろよろと脇に乗り上げ左に「ポテッ」とこけてしまいました。その際にバイクのすれすれを4輪は通過。大変してはならないこと(慌てて避けて、こける)をしてしまったと同時に、大変恐ろしい思いをしました。これがBAJAでは危ないことの1つだ!っとあれだけ石井さんにも言われていたのに・・・。テールバッグもこわしてしまい色々と応急処置しながら、ピットに予定通りに戻るころが出来ました(ゴムバンドとかもってると何かと使える!っとよくエンデューロでも言われますが、その通りでした。今回持ってませんでした)。 その後、山下さん(5区間)走行。順調です。次の原田さん(6区間)のライドには、ライトを装着しました。今から漆黒の闇を向かえます。石井さんは「この夜を越えることが出来たチームに勝利が・・・」っと言っていました。また、「BAJAはそんなに甘くない・・・」とも・・・・(私はこれをしっかりと聞いていたはずなのに・・・) 

  原田さんは予定通りの時間でピットに戻ってきました。タイヤを換え、ピット内はめまぐるしく動いていました。私の3回目ライド(私の最終ラン7区間)のはじまりです。マイクススカイランチを過ぎ、プリランをしていない区間に入りました。道幅も狭くUP、DOWNが激しく、ガレていました。私は、まずは390mil付近の「マグセブン」を目指しました。人気も全然ない山の中、いると言えばところどころにテントを張り、焚き火をたいた観客のみ。国民性が日本と違うのか、なぜか数多くの人がレースを楽しんでいます。よく海外レースビデオ等で「なんでこんなところに?」って思うシーンがあるのですが、そんな感じでした。本場の彼らを見て、走っている私の方
感動しました(どうやって来たの?)。 

  マグセブン(390mil)のある箇所付近に差し掛かりました。「1/4」の看板がありました(これは後になって???)。光々とした明かりが見えてきました。「マグセブンだっ」するとそこは、チェックポイントでした。チェックポイントを通過。しかし、マグセブンはありません。「???まだ、先??」その後、道も細くなり、また真っ暗な1本道。「おかしい・・・」どこにもマグセブンがある感じではありません。頭の中に「もし、マグセブンがなかったら・・・(マグセブン寝てたり、帰ってたりしたこともあった・・・との石井さんの言葉が・・・)」が浮かんできました。この1本道でガス欠しては大変。またガソリンを持った人がこの山の中にどれだけいるかも分からない。私は、そんなに走ってなかったので、戻る決心をしました。恐る恐る逆送。夜間だった為、ライトの明かりが接近してくることで車両がくることが分かり気が楽でした。チェックポイント地点まで戻り「ここにマグセブンはないのか?」っと聞きました。しかし、そこにいたアメリカ人は???状態。確かに普通の人がマグセブンの場所が分かる訳がありません。私は「390milがここなのか?」っと「この周辺でガソリンを補給する予定なんだ」っと言いました。すると心優しい人々はガソリンを分けてくれました。長丁場なコース区間だったので、少しでも不安を取り除くと言う面では良かったと思いました。しかし、皆優しかった!!(レース終わって気付いたのですが、シートとヘルメット後頭部にステッカーが貼ってありました。きっとこの時に貼られたんだろうなぁ?っと感じでした。だけど、真実はわかりません。) 

  その後まだUP、DOWNは続きました。全然、距離が稼げません。410mil前後で目的のマグセブンが実はありました(あんなに390mil地点で迷惑を掛けておいて・・・)。ここで思ったことは、山岳部を走る際の距離の感じ方と、BAJA特有の通常より距離のすごく稼げる部分(ストレート)の感じ方に自分自身おかしくなってい て、対応方法はまだあったのかなぁ?(もうちょっと走ってみるとかっ)と思いましたが、まぁ、はじめての経験なので、今回はライディングの妨げとなる不安を消し去ることが出来た!っと言うこで丸く自分自身おさめることとします。マグセブンでも給油してもらい、出発。その後、バギーがコースから落ちてドライバーが四苦八苦してるところや、助けあってるところ、登れずに数台が立ち往生しているところ(牽引ロープで引っ張っていた)さまざまな光景を目にしました。夜って恐ろしいですねぇ。狭いせいもあるんでしょうが、4輪には大変辛いコースのようです。降ってすぐ登りに差し掛かる部分で立ち往生している4輪を抜こうとしてまた立ち往生する4輪。それを後方から見てる4輪。「どうなってるんだぁ?」っと思うような光景。4輪は登れないのにアクセルをあけ、あたり一面砂塵が舞います。私は4輪をすり抜け前へ進みました。ライトにはHIDを装着している 為、光量は問題なし!しかし、UP、DOWNが激しいところでは、その斜面に入らないと、その場の状況がわからない為「4サイクルを選んで良かった(トコトコ登るから)」と感じまいした。これで、2ストだったら、私の技量的に絶対失速してしまうだろうなぁ、っと感じるシーンが何度もありました。 

  ガレ場がなくなると、サンドがあらわれました。「なぜ、山の中に砂地があるの?」と不思議に感じるほどで した。「昔ここは海だったのかぁ??」(本当は何でなんでしょう?岩の風化であるのですか?)。サンドにはいきなり深い箇所もあり、4輪は一旦ひっかっかると動けないようでした。今度はまた、すごい4輪の渋滞。道幅も狭いところです。脇をする?っと抜け、先頭車両のところまできたのですが、今度は脇も通れません。その車のドライバーは「バイクなんだから、斜面を通れよ!」っと山の斜面を指さします。どう考えても、砂地の斜面、登れても、ずりずり落ちるにきまっています。「No」っと答え、道の下を見ました。他のドライバーも他に道はないかと探しているようで下から上へと登ってきました。「いける?」っと聞くと「バイクだったらいけるんじゃぁ?ないか?」みたいなことを言われ、バイクから身を乗り出し、下を覗き、降りることにしました。 降りる分はよかったのですが、登るときはXRの地上高の低さに悩まされました。砂が盛り上がっているのです。 バイクを引きずり上げて、再スタート。ちょっとご満悦気分で先を急ぎます(あの4輪があの場所からスタートしない限り、その後ろの4輪は進むことが出来ない状態なので、「時間かせご?」状態です)。

  走行を続けていると、コースを間違えてしまいました。左に行くところをまっすぐ進んだようでした。そこで、一旦もどればよかったのですが、コースも見えたので、ショートカットしようと思い、背の低いブッシュの中へ。これが致命的で、無理に進んだ為にクラッチ板を急に多用してしまい長時間つかっているクラッチをいっきに駄目にしてしまいました。色々試しているところに熊本の松本さんが「どうしたぁ??」っと止まってくれ、その間、クラッチが少し冷えた事と松本さんのお陰で、少し動きだしました。「アメホンがあったろうがぁ?もどれ、クラッチ替えてもらえっ」松本さんの教え通り、アメホンピットに逆走です。アメホンピットに着き、「クラッチプレート、チェンジチェンジ!」っと言うと「250のクラッチはないよっ」っと・・・興奮する(って言うか、なんと言ったら伝わるか?で興奮していた)私に親切に水をくれ、まぁ、座れよっ!と椅子を出してくれました。彼らは、クラッチワイヤーで調整してくれ「これで少しは走れるよっ」っと言い私は再スタートをきりました。クラッチを使わず、だまし、だまし走っりました。しかし、サンドの深い箇所も度々あり、すごく気をつかって走ることとなりました。あまりバイクに気を使って日頃走ってない為、起こったトラブルだったのですが、トラブルがあってこんなに気を使うのだったら「日頃から使えよっ!」っと言う感じでした。走っていると松本さんに再度出会い「クラッチ換えてもらったかぁ??」っと。私はそれまでの経緯を伝えました。そのことが後々功を奏して、ピットに私の状態が伝わることとなりました(松本さんありがとう)。

  その後、それまでの中で一番長いと思われる登り坂(通常2輪にはそうたいしたことはないのだが・・・)でクラッチは完全に駄目になってしまいました。4輪は私が邪魔で、その登りがまったく登れないようでした。切り替えし後の斜面に私がいたので、まるっきり登れないようでした。「じゃまだぁ?」っとホーンを鳴らされ、彼らは何度も切り返し登っていきます(完全に邪魔な私でした)。私はバイクを脇によせました「さて、どうしたものかぁ?」。この登り坂を押して上がるか?押したところで、その後どうなる?っと考えながら、ここにバイクを置いて自分だけでも前に進むことを選択しました。だけど「ここにバイクを置いていくわけにはいかない」「まだ、なにかできるのではないか」っと言う葛藤。「もう1回誰かを止めよう」そうった時、ライトの明かりが、、、「2輪が来た!」201x同一クラスの日本人でした。ひとつ足りなかった工具を借り、彼も「すっごいハードですなぁ?(なんか関西の人っぽかった)自分もどこで休憩しようかと思ってたとこでしたから、別に構いませんよ?」と優しい言葉。栄養ドリンクも半分分けてくれました(本当にありがとう)。私は借りた工具で、出来る限りのことをし、バイクをそこに置き、無線連絡できるところまで行くことを決心しました。ここは、440mil、マグセブンは470mil。この30milをどう進むか?歩く?それとも・・・・歩いて行けるわけがない(だって、UP、DOWNの連続、進んでも進んでも距離が稼げないことはもう、とうにわかっていたから)。

  4輪(ハマー)が走ってきます。止めるが止まってくれません。次はバギー。ちょっと小さい。数台止めようとしたが駄目でした。何台か目にトラックがとまってくれ「バイクトラブルで、動けないから乗せてくれないか?」っと言うと?状態だったようでしたが、ジェスチャー交じりに話すと「荷台に乗れよっ!」っと指さしてくれました。私は荷台(競技車両には人が乗ることろはありません)のタイヤの上に座り、キャビンの上のフォグランプのパイプをつかみました。手は振動ではずれないように、交互につかんみました。試練は30mil続きました。フォグランプが霧を照らし前方は霧のスクリーン。岩はごつごつ、UP、DOWNの連続。私は次第に疲れ果てていきました。お尻も振動で強打(きっとお尻全体、蒙古斑みたいになってるだろうなぁ?)、左右前後上下すべての動きが予告なくやってきます。それにこのトラック速い。私を乗せてくれなかった(勝手に自分が思っている)4輪全てを抜いてしまいました。私は、途中「もう駄目だっ」限界に達し「これ以上乗ると手が勝てにパイプから外れて落ちる!」そう思いナビの人の肩を叩きました。(ここで下ろされてもどうしようもない場所だったんですが、死ぬよりましだ!っと思ったからです。)そうすると、あんなにカッ飛ばして、私が乗ってること忘れてるんだろうなぁ?っと思った彼らは、私の手を『ぎゅ?っ』っと握りしめてくれました。「私のこと忘れてなかったのねぇ?」ありがたかったのです、が「だったら・・・・ちょっとは、優しく走って?」って感じでした。しかし競技車両ですもんねっ。仕方がないことです。私は、降りようと思ったのに、握りしめられた手にて降りれず、数マイルそのまま乗ったままになりました。すると365milの掲示。「あと5mil耐えよう」。そうもするとマグセブンが見えてきました。今度はナビ、ドライバー双方の肩を叩き、車を止めてもらいました。私は、荷台から降り、ドライバー、ナビに「あっ、ありがと?。」とお礼を言い、マグセブンピットによたよたと入っていきました。もう、歩けない。 足腰ぼろぼろっと言うのはこう言った感じです。

  「202x(ツーオーツーエックスレイ)440mil地点にクラッチトラブルでバイクを置いてきた。チームに連絡とりたい」っと伝えました。「ツーオーツーエックスレイ」石井さんに呼び名を教えてもらっておいてよかった・・・それに自分でも、このレースはじめる前に「ツーオーツーエックスレイ」これだけはしっかり言わないと・・・っとおもっていた甲斐があり(?!)役にたちました。マグセブンの人はすぐに無線連絡をとってくれました。そして石井さんの無線の応答を聞かせてくれ、自分でしっかりと連絡がとれたことを確信しました。寒くって、がたがたと震えている私に、マグセブンの人はコーヒーを入れてくれました。私は名前を問われたので「ゆき」っと伝えたら、自己紹介をしてくれました。「ボブ」「トム」「ビル」「ジム」(あと一人なんだったかなぁ?)「イージーネーム!」って言ってうけていました。私はそれどころでなかったのですが「またよりによって・・・・」っとその簡単な名前の集合体(私を含む)に気持ちが和ぎました。そうしたら疲れがどっと押し寄せてきました。その後、キャンピングのベッドに寝させてくれました。どのくらいたったのだろう、山下さんの声がしました。「むらいちゃん大丈夫?」「だいぶん押したんじゃぁない?」。来てくれてありがとう。だけど、体が重いよ?。って感じでした。この状況はFBSさんの放送 で流れたところ・・・・。お恥ずかしいかぎり。その後、私はどうなっているのかわからなかったのですが、目覚めて時間をみたら、思ったより朝早かったことが記憶にあります。キャンピングカーを出ると、赤バンがありました。「???」皆は赤バンで逆走してきたみたいでした。一時経ち、石井さんが戻ってきました。XR乗って・・・・(メカニックの寺戸くんもサブマシーンに乗って、それもノーヘルで戻ってきました)山下さんは急いで準備しゴールを目指して、再スタートをきりました。 

  サポート隊の迅速且つすばらしい対応で、再スタートを切ることができました(朝8時30分ごろの再スタート)。その後、原田さん、フィニッシャーライダー山下さんはクラッチに不安のあるバイクにしっかりと乗り継いでくれました。正午までの制限時間にはゴールできなかったのだけど、ゲート閉鎖(午後4時)の20分前にゴールし、フィニッシャーズバッチ(ゴールした人のみもらえる)をもらいました。そして私達のレースは終わりました。 

■今回、色々な方々のあたたかいご応援と、サポートのおかげで私達、さぼてんシスターズは『完走』を手にすることが出来ました。広大な大地、美しい地平線、風化していく岩山、4輪の走り去った後の砂塵。なんとも言えぬ「体験」を「レース」を、おもいっきり楽しむことができました。これからも色々な事、色々な形で自分自身にチャレンジをしていきたいと思います。今回「続ける」っと言うことが、何かが「出来る」と言うのではなく、何につながる「きっかけ」を作ってくれるものだということを知りました。また色々な人にめぐり逢うことも。 皆さんもがんばってくさい。私もがんばります。 

  プロテックスポーツのHPをみて、ゴーグルにロールオフを着けることにしました。私の走行区間は朝と夜双方を含むものだったので、霧と砂塵に多いに役立ちました。(レポート書いてくれてた人ありがとう)私達は怪我なく、とてつもなく大きな支えによってりBAJAを終えることができました。石井さんには「良い思い出にして、もう来ないようにねぇ?女性なんだから・・・」っと言われてしまいましたが、まぁ「男」「女」BAJAにはあまり関係ないでしょう!また行くかもしれません。そのときはあまり心配かけないようにしたいと思います。本当に気の休まる暇のなかった石井氏に「ありがとうございましたぁ?」この言葉しか贈れないので贈ります。自動車学校の教官には、踏み込むブレーキがありますが、石井さんにはありませんでした。山下さんがプリラン中に気を失った時、「意識がありません」を「息してません」っと聞き間違えて脈を測っていましたが、BAJAではそう言ったケースが多いのでしょう。自然とバイクは一歩間違えると牙をむきます。またそれを対処する為に日々練習してる訳なんですが・・・。まだまだです。 もう一度走ってみたいなって最近思っています。 その時は「BAJAツーリング」か、はたまた「ソロにてBAJA1000」を!両極端なわたし☆ やはり、レベルの高いレース「うさぎ」と「かめ」が競えるかもしれないレース!わたしはうさぎちゃんにはなれそくないので、気力体力精神力系でBAJAを究めてみたいなぁ?と感じましたよっ。 

  石井さん、そしてスタッフの皆さん本当にありがとうございました。次回行く時は、エンセナダで出店していたタコス屋さんの「生牡蠣」を食べてみます!一緒に食べましょう!(←うそでぇ?す!クール宅急便で送ってくれても食べませんよぉぉぉ)

村井由紀(サボテンシスターズ)

 
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