このコーナーでは、プロテックスポーツがサポートを行った参加者のレポートを紹介します。

2001 BAJA500

■今年で33回目を迎えたBaja500が6月1日〜3日の日程でBaja・CA半島で開催された。今回、プロテックスポーツのサポートで7チーム(13名)が参戦した。

Bajaと言えば「Baja1000」が余りにも有名であるが、「Baja500」もここ数年エントラントも増加傾向にありコース、雰囲気も1000に匹敵するイベントなってきている。エントラントにはアメリカンホンダのワークスチームを筆頭にアメリカ、メキシコ、カナダ、ハワイ等からのデザートライダーが数多く名を連ねている。

また4輪ではインディーカーのロビー・ゴードンやあのヒロ・マツシタも参戦している。

コースは太平洋に面した観光都市「エンセナダ」をスタート&ゴールとし、街を抜けると霧の峠越え、ワイド・オープンのフラット・ダート、延々と続くサンド・ウオッシュ、川渡りやガレ場のアップ&ダウンもある。太平洋の波しぶきを観ながら走る海岸線ルート、一般車の走る国道もコースの一部なのだ。まったく気が抜けない489マイルのスプリントレースだ。

レースは序盤からアメホンのエース「J・キャンベル」組(XR650R)がリードを奪っていたがマシントラブルから後退、アメホンのBチーム、S・ヘンゲベルド組が優勝でした。

今回プロテック・スポーツのサポートで出場したのは唐沢/中村(XR650R)、星野/中沢(XR400)、村上/下山(XR400)、加藤/浅沼(XR400)、福岡(CRE250)、大室(XR250)、太田口(XR600)。このうちリピーターが10名、初バハが3名だった。

さて我らの7台は転倒&負傷、マシントラブル等々(800KMも走るのだから色々あります)の中で5台(8名)が完走!フィニッシャー・バッジを手にしました。


■まだ夜が明けきれない早朝6:00、エンセナダのメインストリートからJ・キャンベルを先陣に長い1日がスタートして行った。
『さあー!始まったぞー』自分に気合いを入れるのと同時に『今年もまた完走出来るかな?』の思いを胸にスタートを待つ。6:12分いよいよスタートだ。
オーホスネグロスまでの50マイルは小雨に近い霧が発生、視界が悪く思うようにスピードが上がらない。装着していたロール・オフは早くも峠越えで使い果たした。スタートラインでエールを交換したリチャードおじさん(55歳)にパスされた。オーホスに近づくと霧が一気に晴れた。スペアーで携帯していたゴーグルをしてアクセルをワイド・オープンにする。

8:47分スタートから90マイルの地点で今回のパートナーの浅沼選手にバトンタッチ!何年もソロで出場してきたのでこの休憩は有り難い。クーラーボックスの中で冷えたビールが「おいでおいで」と手招きしている。『いやいやまだまだ次のライドが待っている』伸ばした手がコーラをつかんだ。

140マイル地点で浅沼選手を待つ。やがてクラッチホルダーを壊してやってきた。彼にとっては初めての「Bajaの洗礼」だった。幸い怪我はないようだった。パーツの交換、メインテナンスをして浅沼選手を送り出す。

今度はライダーチェンジをする280マイル地点へ移動する。
14:00福岡選手到着、彼はソロなのだ。その10分後、無事に浅沼選手が帰ってきた。さあーここから再び私の出番だ。半島を西に横切り太平洋岸を走り再度内陸に向かいオーホスネグロスまでの143マイルが私のパートだ。
なんとか4輪に追いつかれないようにと必死に走る。海岸線の福岡選手とのランデブー・ランは結構楽しめた。牧場の脇を全開で抜けるとやっとオーホス・ネグロスだ。ここからゴールまでは浅沼選手が担当する。バトンを渡し、走り出していく背に無事にフィニッシュしてくれるよう祈る。サポートカーに乗り込み冷えたビールを一気に2本飲み干した。美味かった!!

エンセナダまでの車中、無事に自分の役目を果たした喜びとビールに酔った。
19:12分、浅沼選手がゴール!通算8個目のフィニッシャー・バッジを手にする。あと2個、ぜんぶで10個欲しいなー!

挑戦は来年へと続く。


加藤弘次(藤沢市在住、41歳)

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