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2005年06月15日
5月31日移動、プレラン・・・そして②
タコスを食べてギガンテ(スーパー)で買い物して、ホテルに戻ってみると奇イチロはベッドで唸っていた。しかも数分おきに嘔吐している。「正露丸でも飲んでおけば良くなる」と思っていたが状態は悪くなる一方であった。むらさき色の唇はわなわなと震えている。ホテルのフロントで24時間営業?の病院を教えてもらった。ホテルからは5分ぐらいのところにある病院。というよりも診療所って感じ。とりあえず入院。オレは“待合所”で待機。そこには一見して、生活レベルの低い感じのする人達が7~8名待っていた。(オレも向こうから見れば低いレベルに見えたと思う)2~3時間が過ぎた。何の変化もない。奇イチロも医者も看護婦も。オレは少し“切れた”状態で『オレの友達はど~なってんだ!』と聞いてみた。インド系の医者はレントゲン写真を観ながら『腎臓から膀胱へのパイプに石が詰まっている。これが痛みの原因だ。ウチには痛み止めの薬が無いから(??)薬屋で買ってきてくれ』と言った。オレは疲労と眠気とで理解力が薄れた頭で言われるがままに処方箋を持ってモルヒネを買いに走った。2:00AM過ぎごろだったかな~。とりあえず、これで奇イチロの腹の痛みは軽減されたようだ。寝息を立てて眠った。オレも疲れがピークに達したのでいったんホテルに戻った。5:00AM、病院からの電話で「至急来い!」とのこと。ぶっ飛んで行った。時差ぼけで目覚めの早いワンダー石田さんも同行してくれた。今度は純メキのドクターが「彼はすぐに手術が必要だ。手術をするドクターが見つかったので8:30AMからやりたい。サインが欲しい」と言った。オレは奇イチロを起こし、事情を説明。“手術の同意”を求めた。奇イチロの目は宙を泳いだ。不安と恐怖で視点は定まらない。そりゃ~そうだ。オレだったらこんな病院で手術はしない。「3cmぐらい切るだけ」と言ってたけどおそらく15cmは切るだろう。「2日で退院」と言ってたけど生きて出られるか判ったもんではない。しかし、奇イチロには選択肢は無い。好きでもない相手に心中を持ちかけられたときのような顔をして承諾書にサインをした。オレは手術までに時間があるのでいったんホテルに戻った。仮眠だ。しかし眠れなかった。この判断で間違っていなかったのか?もし、手術が失敗したら・・・奇イチロの身重の奥さんと2歳になる娘のリノちゃんの顔が浮かんできた。ヨシ!サンディエゴに連れて行こう!今日のプレランは中止だ!サンディエゴ在住の佐藤君(いつもBajaのサポートを手伝ってもらっている)に連絡し、事情を話し奇イチロの世話を依頼した。メキ・ドクターに退院させることを承諾させ、奇イチロをVanに乗せボーダーへ走った。イミグレですこし時間をとられたが9:30AMごろには待ち合わせ場所の“マック”で佐藤君に奇イチロを託した。この後、奇イチロは佐藤君、のり子さんによってサポートを受け、シャープという大きな病院に連れて行ってもらいその日のうちに無事に手術を受けた。この時点でオイラはまだ【尿管結石】だと思っていたのだが実は《盲腸》だったのだ。

投稿者 susuishi : 2005年06月15日 09:09
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