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2005年06月28日

参戦リポート

503x唐沢栄三郎さんのレースリポートがアップされました。
ぜひ、ご覧ください。しかし、なんだね~《レース中にバイクに乗ったまま出来るんですね~》何が・・・オシッコが!。Y社のU係長も出来るそうですよ!
オレには無理です。
楽しく読めてとっても参考になるリポートだと思いました。
それから、サンディエゴ在住のAyaさんにご提供いただいた写真(於:オーホスネグロス)を使用させていただきました。とってもカッコいい!!良い写真ですね。ありがとう御座いました。
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投稿者 susuishi : 21:08 | コメント (0) | トラックバック

Vodafone

今回のBajaには初めて携帯電話を持っていった。機種はVodafoneの802SH。日本へのメール、通話がエンセナダから普通に出来た。まったく便利な世の中になったもんだ。もちろんアメリカへの通話も簡単だった。奇イチロをサンディエゴに運ぶにあたって佐藤君との通話もボ~ダフォンだった。さすがにマイクス・スカイランチからは“圏外”であったけどね。(※でも去年、満腹トリオのTさんは東京に電話してたよね~?あれは何・・?)
これからBajaに出場する人は必須アイテムだと思う。ライダーとサポート、あるいはサポート同士が携帯を使って連絡を取り合えば《何かあったか!?どうして予定の時間になっても来ないのか?》などど、ピットでやきもきしながら延々7~8時間も待つことがなくなるのでは・・・? ただし、通話不可能(圏外)な地域もあるので完璧にカバーは出来ないけどね。もちろん無線も併用することが必要だ。ゴール手前でリヤーホイルトラブルに見舞われた502Xもおそらく電話でサポートに連絡をしたのだろう。サポートがコースに入って行ったのが早かったもの~。
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投稿者 susuishi : 08:24 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月27日

熱中症

危ないな~、
昨日は勝沼へMXの練習に行ったんだけど暑かった~!危なかった!
コースが危ないんじゃなくて、暑くて危なかった。(コースはなかなか良いコースですよ。3000円だし、ブル入れてくれるし、ウチから1時間ちょっとだしね)。
このクソ暑い日に分厚いブーツ履いて、モトパン穿いて、ジャージ着て、ガードつけて、ヘルメットかぶってバイクに乗ってんだから~、もう倒れそうだった。 休んでいる間(5分走って30分休み)も汗が止まらずで、意外と勝沼の山の中は涼しくなかった。この時期かならずニュースになるのが《熱中症で・・人倒れた》とかだよね。気をつけましょうね!皆さん!水分を上手に摂って適当に走りましょう。この暑い時に熱中して走ってもあんまり効果がないと思う。“水谷豊”じゃ~ないんだからね!?
※写真の3人は脳が熱中しちゃってやけにニコニコしていた。
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投稿者 susuishi : 16:27 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月24日

after baja500

いや~暑い、むす暑いッス(蒸す)。この時期東京にいるのは10年ぶり。
リバーサイドもクソ暑かったけど湿気がなかったので日陰に入れば心地よい暑さだった。この湿気の多い梅雨の東京に慣れるのはちょっと大変だ。アッチコッチが痛むのは梅雨のせいか?歳のせいか?・・・・。
今回のBaja500は当初、出る気はなかったのだ。幸い?リピーターで『出る!』って人もいなかったし《のんびりかな~》なんて思っていたら、『Baja出ませんか~?』なんて群馬のオートバイ屋さんが言ってきたのだ。この人《唐沢栄三郎》って言って昔はモトクロスのセニアライダー(現A1)。当時、ヤマハからホンダと乗り継いだ堅実な走りは《いぶし銀のジャンプ》として後楽園スーパークロスでも話題になったのだ。そんな唐沢オジサンも52歳。一昨年、両足首骨折と言う重症を負って1年余り、バイクにも乗れず悶々とリハビリをし、やっと去年の後半からバイクに乗れるようになったのだ。『じゃ~出るか!』と言ったオイラもリバーサイドの家の売却やら倉庫の移転やらなんやらかんやらでBajaトレーニングもほとんどなし。マロンとのお散歩程度しかしてなかった。ま、今回は《楽しく走って完走な!》って言うのがオヤジ二人の目標だった。当初、二人だけで行く予定だったのが出発10日前になって急遽、村野喜一郎君。石田和彦さん、加藤ゴーさんの3名が参加することになった。ところが喜一郎君はエンセナダに着いたその日に盲腸になってしまいサンディエゴの病院に入院。石田、加藤の両氏はLAX到着時から“掛け合い質問漫才”をず~っと帰るまで成田に着くまでやっていた。ま、そんな3人がオレ達の気持ちをリラックスさせ、脳みそを混乱させ、肉体的疲労をさせてくれたお陰で《楽しいレース》が出来たんだろうと感謝の気持ちでイッパイです。結果、クラス優勝だったんだから凄いよ~ね!?!※オーホスの部落内に入り込んだ加藤ゴーがコース脇で待ち伏せし、502xのリヤーホイルに直径10mmぐらいの鉄筋バーをぶち込んだ!と言う噂がありますが・・・あくまでも噂ですからね~・・本気にしないでね~!
それから、唐沢さんからリポートが届いておりますので近々アップいたします。
お楽しみに!
写真は島○、福○、江○の3人がごひいきのお店のエンセナダ美女軍団。
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2005年06月23日

フィニッシュ&リザルト・・優勝

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唐オジさんはラストの30マイルを何ごともなく、トラップに引っかかることもなくスムーズに走りきりフィニッシュした。そしてオレ達がホテルに到着するのとほとんど同時にXR650で自走して戻ってきた。フィニッシュ地点の市民野球場からホテルまでは道がわかりにくいので多分、迷って20~30分はウロウロするんだろうな~と思っていたので驚きだった。しかもしっかり《フィニッシャーバッジ》を貰って!さっそく3人?で記念写真を撮った。ど~してW石田さんだけが一緒なのか?どうせなら皆で撮ればよかったな~と思った。(※フィニッシャーバッジが何処かにいっちゃって見つかりません。どなたか見かけた人がいましたらご一報を!)ま、とにかく無事に怪我もなく2位でゴールが出来て(この時点ではまだ2位だと思っていたのだ)良かった良かった!シャワーを浴びて街へ出て、メキシカン・レストランで“タコスでデナー”だ。XXビールが美味かったな~!!
で、明けて5日、帰り支度をしてアワードパーティーの会場であるSan Nicolas Hotelへ行った。入り口でいつものように写真をチェック(メキシカン・写真屋さんがレースの写真を撮って売っているのです。$5~$20)※ユニバーサルスタジオなんかで撮ってくれるのとおんなじ。そしてホテルの中に入るとリチャード・ジャクソン爺がいた。オレ達にコルセットをつけた右手を差し出して「コングラチュレーション!!」と言ってくれた。オレは《2位でもオメデトウって言ってくれるんだ~》と思いながら『さんきゅ~』と言って軽く手を握った。それから小さい字が見えにくい目でリザルトを見ると・・なっなんと!1位じゃん、オレ達!え~ど~して?
振り返ってジャクソン爺に『502xに何があったの?』って聞いたら、なんでもゴール手前でリヤースプロケットにトラブルがあってホイル交換をしたそうだ。そうか~そうだったのか~。人の不幸を喜んではいけないが、心のそこからウレピー!《これもレースだ》、《これがレースだ》ってか!ジャクソン爺に再会を約束した(また一緒に走りたいよ~早く怪我を治してね~)。オレ達二人ともトロフィーにはあんまり執着してないので表彰式には出ないで帰ることにした。(歳を取るとそんなもんどうでも良くなるらしい)。今回もいろいろなことがあったBajaだったけど全員無事にアメリカに戻ることが出来てよかった良かった。無事が一番、2番が503x、3番が502xなんちゃって!

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2005年06月22日

6月4日いよいよ本番だ!②

レースコースはマイクスロードを全開でカッ飛んで来て国道3号に突き当たる(KM138)。そして国道を左折してトリニダッドに向かう。オレ達は国道沿いのホンダピットのすぐ横に車を停めていた。11:51ヘリが来た。14xが来た。12:02、1xが来た。遅れてる。レースマイル171辺りでラジエターを交換していたそうだ。スティーブちゃんが転倒したか!?
しかし、暑いな~。そして502xが来た。13:20ぐらいだった。しかし暑いな~。そして503xオジサンだ!13:30頃だった。此処からはオイラの担当。オーホス(KM39)までの約115マイルだ。何とか無難に繋がなくては・・・。しかしこの区間はサンドフープスが多いんだな~。30分も走らないうちに息はゼ~ゼ~、腕はパンパン・イーストレストラン??途中2回ほどコーナーを曲がりきれず“飛び出してエンスト”などを体験しながらも(セルが欲しい~ヨ)なんとか現状維持でオーホス着。唐オジに最後の30マイルを託す。『頑張ってね~タイヤ・ヌルヌルだよ~ん』唐オジサンは気にする様子もなく淡々と出て行った。さあ~帰るか!と思ったところへ502xのジム・オニール(あのO'NEAL社の親分)たちが来て『ススムさん!良くやった!グッジョブだったよ!グッレースだった!』とうれしそうな顔をして声をかけてきた。その顔は《オレ達は優勝だよ!お前たちも良く頑張ったな~、2位で良かったじゃないか!》と直訳できた。フフフフ・・・このあと誰も予測できなかったとんでもないことが起こるなんて・・おしゃか様でも御存知あるめ~ってんだよ!!
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2005年06月21日

6月4日いよいよ本番!

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唐沢オジもオイラも疲れが抜け切らない身体で本番を迎えてしまった。オイラ取って置きのユンケルはないし、唐オジサンは足首曲がらないし・・・ま、お互いベテランだからなんとななるべ~。とりあえず、スタート前に『怪我しない程度に走ろうね!』と言って手を握り合った。もうジ~ンと来てしまった。スタートライダーはもちろん唐オジさん。オイラはトータル・マイル419MILのうち115マイル位しか走らないので“気は楽チン、身体も楽チン!?”
いつものように何の気負いも無く、エンジン回転も低く、ス~ッとスタートして行った唐オジサン。オイラとW・石田さん、加藤ゴーは1号線沿いのUruapanレースマイル74.4に飛んだ。ここで一応無事を確認てことになっている。ま、その前にアクマ君と腹切り・奇イチロ君がレースマイル34のオーホスで無事を確認しているはず。1xが来たのは7:52分、続いて8x,14x,400x,404xと等間隔で国道をかっ飛んで・・・行かない。そう皆さん60mil/hを遵守しているみたい。まるでツーリングです。例のGPSが功を奏しているみたい。そうこうしているうちにライバル502xが通過!そして唐オジは4分遅れて8:15に余裕でゴーグル拭いて元気に海岸線に向かっていった。
オレ達はいったんエンセナダに戻り、国道3号を南下。Km135(マイクスロード入り口)で待機。やがてアクマ君が合流。彼等はレースマイル171.7のトリニダッド村で唐オジのリヤーホイル交換をやってきてくれたのだ。502xとはおよそ10分差だったそうだ。今頃マイクスの裏山で502xをやっつけているかな~?でも、抜いてもすぐ後ろから付いて来てたら今度はオイラが追いかけられる立場になる。プレッシャーが大きいな~。なんて考えているうちに便意をもよおして来た。そういえば、今日はまだ行ってない。仕方ないのでティッシュをわしづかみにしてブッシュの陰に。で、段取りしてしゃがんだ途端、右膝から“バキッ”ッと嫌な音。痛みはたいしてなかったが・・・普段はしゃがまないんだよね~、ウ○コするときって。右ひざに《違和感》だ。身体全体が倦怠感だ!?
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2005年06月20日

やったぜ8位だ!

土曜日は前橋まで行って《Baja500クラス優勝を心のそこから祝う飲み会》に参加してきた。モトサウンド・チームの暖かい祝福に気持ちのいいお酒が飲めました。ご馳走様でした!!
久々の“午前様”をやっちゃったので昨日は一日ボ~然としてた。午前様って言ったて寅さんに出てくる《リュウチ・シュウ》をヤッタわけではないので間違いの無いようにねタクマ君!
さて、昨日のナショナルのR4.Budds Creekでアキラ君は7/14で総合8位をゲットした。いいね~、調子が出てきたぞ~。先日、Baja500からリバーサイドに戻ってきた時、オイラのブログにコメントが入っていたのでメールをしたら電話をくれた。なんでもオレ達(満腹グループ)が良く行く《韓国会館》と言う韓国の家庭料理を出すレストラン(リバーサイド)に『良く行くとです』のこと。
アキラ君のアパート(コロナ)のすぐ近くにある《Wasabi》という寿司レストランにもオレ達(満腹グループ)は良く行く。もちろん、アキラ君はここの常連さんだ。今回は一緒に“メシ食う”時間が取れなかったけど次回は《分厚い海鮮チジミ、骨付きカルビ、ブルコギ、石鍋ビビンバ、冷麺③》を満腹食べようね!・・・・・・・でもあの電話は本当にアキラ君だったのかな~?東北なまりがなかったし、語尾にわざとらしい『・・・とです』なんて使ってたし・・・タクマか~??
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2005年06月18日

6月3日受付・車検・・そして

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唐沢オジはだいぶお疲れの様子。なにしろ2年前に“両足首骨折”と言う怪我を負って以来、長期リハビリに勤め、やっとバイクに乗れるようになってきたところなのだ。ヤッパリ歳とって怪我すると治りが遅い。今朝だってベッドから降りてしばらくはまともに歩けないのだ。足首に油が廻ってこないのだ。そんなオジサンがレース前におよそ320マイル(512km)も走っちまったんだから、身体を動かし始める時には必ず『う~っ!』腰掛ける時には必ず『どっこいしょ!』の掛け声が必要になる。でも、あの【ヒデアキ】率いる遠州ライダース出身のオジサンは“根性”の入り方が違う。痛いとか、疲れたとか、痒いとか、ムラムラするとか言わない。言ってられないのだ。さ~、行くぞ~受付に!。
受付で《受付パック?》を貰い、リストバンドをしてもらうと気持ちはレースモードに切り替わる。ちょっと気分が高揚。チームホンダのパドックに行ってブルース・オグルビー親分に挨拶をした。そんで゙もってホテルに取って返し、今度はバイク整備だ。なんせウチ等はチーフ・サポートが盲腸で倒れ、サポーターのW石田と加藤ゴーは“質問掛け合い漫才”が(トップ写真参照)忙しくてマシン整備が出来ない。自分たちでやるっきゃないのだ。ま、適当に(Bajaでは適当が大事)やっつけて車検を受ける。これで夜のライダースミーティングまではフリーだ。そうこうしているうちに《腹切り・奇イチロ》と《強力助っ人マンデビル・花輪》氏が登場。さあ~、これで明日のレースは準備万端!?ダ~。
※写真にある黄色のボックスはプロクラスのみ“強制取り付け”のGPS。これによってリアルタイムで何処にいるか?オンコースか?国道でのスピードチェック等が可能になるそうだ。もうコースちょんぼは出来ないし、スピード違反も出来ないのだ!・・そうだ。
しかし、デポジット込みとは言え360ドルは高いとです~。
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2005年06月17日

6月2日プレラン・・そして

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マイクスの朝は早い。と言うかアメリカ人の朝は早い。オレ達がゴソゴソと起きだしたころ、もうバリバリと排気音を山に轟かして出かけていく連中がいた。
軽い朝食後、唐沢オジと石田質問大魔王(相変わらず会話の始まりは質問だ!)は“マイクス裏山周遊ファンライド”に出発。二人ともバイクにまたがるまでの足どりが重い。大丈夫か~?オレと加藤ゴーはVanで山を降り、国道で待機。昼ちょい前に合流し、ここからオイラの出番。オーホスまでの約115マイルがオレの担当区間だ。初めてのXR650R。コースは良くツーリングで走っているところ・・・と思ったら、ケッコウひねりが効いたレイアウトになっていて《Bajaっぽい》。危険箇所が3箇所。忘れないようにしないとね、命取りになるからね。XR650RはなかなかGoodです。サスも調子良いじゃん。でもタイヤがね・・・DじゃなくてBSが欲しかったな~(チャパレルに在庫無かったのら)。
さ~、プレラン無事終了。ホテルに戻りサンディエゴに電話してみた。腹切り・奇イチロはどうしたか~?。なっなんと、もう退院してサトウ夫妻と夕食を食べに行っただって!?昨夜手術したばっかりでもう・・いいの~?
アメリカンだな~本当に。
しかし、奇イチロはこれで今回の第一目的である《ハンティントンビーチで波乗り!!》が出来なくなってしまった。何を隠そう、奇イチロは“サ~ファ~”なのだ。
日本ではスクールもやっている。ただ、湘南ではなくて千葉だけどね。(千葉県の人、深い意味はありませんから)波乗りに興味があって普段、山の中に住んでいて海なんか見たこと無い長野、群馬、山梨の人達いかがですか?
さ~ゆっくり休んで疲れを取らなくちゃ~。

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2005年06月16日

6月1日プレラン??そして・・・

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お昼ごろ、サンディエゴからエンセナダに戻ったオイラはとんでもないことをしてしまった。なんせ昨夜は全然寝てないし疲れているしで、とっておきの《レース用ユンケル皇帝液》をゴクッと1本飲み干してしまったのだ。あ~あ、なんてこった!本番用がなくなってしまったじゃ~ないか!奇イチロ君!
さて、唐沢オジサンはオイラが《病人搬送》をしている間、前日走った《スタート⇒ウラパン》の約74マイルをまたも走ってきてしまった。大丈夫かいな!?
サトウのご飯にレトルトカレーで軽くランチを摂ったオジサンは今度は『サント・トーマスから海岸を走り山越えをしてトリニダッドまでを走る』と言う。90マイル以上もある。オイラはとってもバイクに乗れる状態ではない。そこでアメリカに着いてからず~っと“質問”ばっかりしている“石田質問大魔王”様に並走?をお願いした。バイクに乗っている間は質問が出来ないのだ。なんせ『何でメキシコ人はがい骨が好きなんだ?』って聞かれたって『しらね~よそんなこと!』。だって何を根拠にメキヤンががい骨が好きって判るの?今日から質問は《1日10個》までのリミットを設けたのだ!オレの脳みそがぐちゃぐちゃになっちまう。
トリニダッドからマイクス・スカイランチまではマイクスロードをVanで移動した。質問大魔王はただ一人XR400で走って行った。きっと一人で“自問自答”してんだろうな。トリニダッドからノロノロと走り、約2時間かかってマイクスに到着したのは7:00PM過ぎ。マイクスは4~50名の宿泊客(アメリカン・オフローダー)でにぎわっていた。ビールを飲んでダヴィーンが焼いてくれたステーキを食べたらもうとっても起きていられね~。“満天の星空?”そんなもん・・・バキューン!!
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2005年06月15日

5月31日移動、プレラン・・・そして②

タコスを食べてギガンテ(スーパー)で買い物して、ホテルに戻ってみると奇イチロはベッドで唸っていた。しかも数分おきに嘔吐している。「正露丸でも飲んでおけば良くなる」と思っていたが状態は悪くなる一方であった。むらさき色の唇はわなわなと震えている。ホテルのフロントで24時間営業?の病院を教えてもらった。ホテルからは5分ぐらいのところにある病院。というよりも診療所って感じ。とりあえず入院。オレは“待合所”で待機。そこには一見して、生活レベルの低い感じのする人達が7~8名待っていた。(オレも向こうから見れば低いレベルに見えたと思う)2~3時間が過ぎた。何の変化もない。奇イチロも医者も看護婦も。オレは少し“切れた”状態で『オレの友達はど~なってんだ!』と聞いてみた。インド系の医者はレントゲン写真を観ながら『腎臓から膀胱へのパイプに石が詰まっている。これが痛みの原因だ。ウチには痛み止めの薬が無いから(??)薬屋で買ってきてくれ』と言った。オレは疲労と眠気とで理解力が薄れた頭で言われるがままに処方箋を持ってモルヒネを買いに走った。2:00AM過ぎごろだったかな~。とりあえず、これで奇イチロの腹の痛みは軽減されたようだ。寝息を立てて眠った。オレも疲れがピークに達したのでいったんホテルに戻った。5:00AM、病院からの電話で「至急来い!」とのこと。ぶっ飛んで行った。時差ぼけで目覚めの早いワンダー石田さんも同行してくれた。今度は純メキのドクターが「彼はすぐに手術が必要だ。手術をするドクターが見つかったので8:30AMからやりたい。サインが欲しい」と言った。オレは奇イチロを起こし、事情を説明。“手術の同意”を求めた。奇イチロの目は宙を泳いだ。不安と恐怖で視点は定まらない。そりゃ~そうだ。オレだったらこんな病院で手術はしない。「3cmぐらい切るだけ」と言ってたけどおそらく15cmは切るだろう。「2日で退院」と言ってたけど生きて出られるか判ったもんではない。しかし、奇イチロには選択肢は無い。好きでもない相手に心中を持ちかけられたときのような顔をして承諾書にサインをした。オレは手術までに時間があるのでいったんホテルに戻った。仮眠だ。しかし眠れなかった。この判断で間違っていなかったのか?もし、手術が失敗したら・・・奇イチロの身重の奥さんと2歳になる娘のリノちゃんの顔が浮かんできた。ヨシ!サンディエゴに連れて行こう!今日のプレランは中止だ!サンディエゴ在住の佐藤君(いつもBajaのサポートを手伝ってもらっている)に連絡し、事情を話し奇イチロの世話を依頼した。メキ・ドクターに退院させることを承諾させ、奇イチロをVanに乗せボーダーへ走った。イミグレですこし時間をとられたが9:30AMごろには待ち合わせ場所の“マック”で佐藤君に奇イチロを託した。この後、奇イチロは佐藤君、のり子さんによってサポートを受け、シャープという大きな病院に連れて行ってもらいその日のうちに無事に手術を受けた。この時点でオイラはまだ【尿管結石】だと思っていたのだが実は《盲腸》だったのだ。
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2005年06月14日

5月31日移動、プレラン・・そして

ミニトレーラにXR650とXR400を乗せ、オイラと唐ちゃん、メインサポーターの奇イチロ、観戦及び質問及びサポート及びプレイランのW・石田質問大魔王加藤ゴー質問大王の計5名の“不ぞろいのオジサン達”は176000マイルも走ったFord Vanで一路、ゴトガタとエンセナダへ。ボーダー手前でガス買って、保険入れて一気に(息止めて)ボーダーを通過!毎度ここを通過する時はドキドキするな~。なんでだろ~?1:00PMには何事もなくエンセナダ着(ホッ)。今回のホテルは街から国道1号を4~5Km南下したところにある【JOKER HOTEL】程度はマアマアだが、チョッと街から離れているのが難。しかし此処しか空いているホテルがなかったのだ。
それに、名前がジョーカーだ・・、ジョーカーといえばトランプゲームの“ババ”やんけ!ババ引かないようにしなくちゃな~。(でも、早速ババ引いちゃったやつがいたんだ!後述) しかし、なんだねBajaのホテルは500で3ヶ月前、1000では6ヶ月前に手配しないと“Sold”になってしまう。出るんなら早く決めないと・・・○○さん!
で、オイラと唐ちゃんは早速スタートラインからプレラン開始、エンセナダの部落を抜けてOjosに出て、Urapanまでの74.4Milを走り、国道をツーリングしてホテルに戻ったのは4:30ごろ。二人とも大人(オヤジ)だから?ロストウエイも無し、転倒も勿論ないのでいたってスムーズに帰ってきた。ところがシャワーを浴びて『さ~タコスでも食いに行くべか~』と何故か東北なまりでみんなに声をかけたら、奇イチロが『オレ、なんか調子悪いからいかね~っス』と言った。そういえば顔色が悪い。『オレが留守の間になんか悪いものでも食べたんでね~の、正露丸でも飲んでけ~』とオイラは軽く流してタコスを食べに出かけたのだ。
しかし、それがその後思いもかけぬ(今風に言うと想定外っか?)事態に発展して行ったのだ!! 

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2005年06月13日

XR650R

今回のBaja500で使用したXR650Rはあの《満腹林大王様》が所有していたマシン。3~4回のBajaツーリングに使用した。最後があの《マイクス裏山姥捨て事件》の雨中ツーリング。そして、去年のBaja1000エンセナダ⇒ラパスに工藤、高橋組が使った。それをオイラが買い取って若干手を入れただけ。オイル交換、エアーエレメント交換、ハンドル交換、タイヤ交換・・・だけ。外装はともかくエンジンはこの程度の使用では痛みはない。ただ、サスの動きが悪かったので前後のサスだけ《リ・ビュルド》した。これはアクマ君の紹介でRobert Barnum と言う人にやってもらった。このロバートさんは去年のBaja1000にソロで出た人。しかもソロでは一番だった人。自分でショップを経営している。このサスは良かったな~。特にフロントはとっても動きが良かった。リヤは後半熱ダレしてたけどこれは仕方ないね。まだまだ、使えるXR650R!今年の【ラパス行き】にいかがですか?希望者には“特別価格”で提供いたしますよ。
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2005年06月12日

Base Camp

今まではBaja500,1000等のレース及びツーリングにはリバーサイドの“家”を拠点にしていた。1エーカーの土地にデッカイ倉庫、2Carガレージの整備スペースがあったので事前準備にはとっても都合が良かった。もちろん居住ができた。しかし、訳あって手放すこととなり新たな拠点を探していた。それがやっと見つかった。場所は同じくリバーサイド。フリーウエイにも近く、ホテル、レストラン等も近所にある。《マイ・コレクション》のバイクと《お預かり》バイクを格納するとチョッと狭い感じもするが贅沢は言ってられない。“拠点”としての機能は充分である。5月29日いつもの大韓航空でアメリカに入国した唐沢、石井、奇イチロ、加藤ゴー、$1石田の5名は現地在住のアクマ君こと花輪氏と合流。早速《Baja》の準備。マシン整備はアクマ君が大方やっておいてくれたのでスペアーホイルやエレメント等の簡単なもの。プレラン用のXR400もあわせて整備。手の空いている$1石田、加藤ゴー、奇イチロの3名には倉庫の片づけを手伝ってもらった。30日午後には準備万端!さあ~半年ぶりのBajaだ!タコスが楽しみだ~、と言いながら夕食は韓国会館でビビンバ、カルビ、ブルコギ・・・でア、ア~満腹!!
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2005年06月06日

BAJA1000

今年も1000はラパスだぞ~。
ホテルとかアレとかナニとか早くしないと間に合わないぞ~。

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2005年06月05日

あれ? BAJA500現地レポート その4

俺達優勝したみたい。502xが最後にマシントラブルで止まっているところを唐沢氏が抜いたようです。本人は抜いた自覚がない。今朝のリザルトでは優勝になっていたけど[審議]?だったのでまだ?です。
とりあえずリバーサイド着です。

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2005年06月04日

BAJA500現地レポート その3

無事フィニッシュしました。しかし,クラス優勝は残念ながら出来ませんでした。502Xにスタートから逃げられてしまい,その差を詰めることが出来ませんでした。唐沢,石井とも怪我もなく,疲労はあります。とりあえず完走クラス2位のご報告まで。

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2005年06月03日

BAJA500現地レポート その2

エンセナダに到着そうそう唐沢ちゃんとおれはスタートからURAPAN迄の74マイルを軽くやっつけた。その晩、キイチロの腹痛騒ぎがあって緊急入院,サンディエゴへ移送等でほとんど眠れず。1日はSANTO TOMASからTRINIDADD迄約100マイルを唐ちゃんとワンダ-石田(観戦)が走った。オイラはお休み。夜はマイクススカイランチ泊。なんて星が綺麗なんだろ。
翌2日はマイクス裏山周遊コースを周り国道3号迄の約80マイルを唐ちゃんと前日に続いて石川さんが走った。人の話しを全然聞いてない石田さん!転倒,ミスコースをしないように噛んで含めるように注意!11時頃国道で合流。ここからはオイラ一人でOJOS NEGROS迄走った。一部新しいコースもあって変化にとんだBAJAらしいコースだ。
ンナコンナでブレランは終了。400マイルも走った唐おじさんも190マイルしか走ってないオイラもかなりお疲れです。今日は1日ゆっくり休養~?そうはいかないのです。マシン整備が待っている。受付車検も!お土産のT-shirtも買わなくちゃ-!

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